殺し屋だった彼女と報酬
教会のテントを後にした僕は、その足で直接冒険者ギルドに向かう。
ギルドでは冒険者も職員もバタバタとせわしなく動き回っている。そんな中、職員の1人がこちらに気付き、
「フウさんですか?」
そう、声を掛けてきた。
「うん、僕がフウで間違いないけど……」
「申し訳ないのですが、ギルドカードだけ確認させて頂いても良いでしょうか?」
別に良いけど、突然なんだろう。受付にクーリさんの姿は見えないし。
「確認しました。ありがとうございます。では応対室へどうぞ」
応対室で僕を待っていたのは、目の下に深い隈を作り、死んだような目でブツブツと恨み言を吐きながら書類を捌くクーリさんだった。
うわぁ、忙しそうだねぇ…なるほど、これじゃあもう表で呑気に受付をやってる暇はないか。いやまぁ、サブマスターが受付嬢をやってたのが、おかしかったんだろうとは思うけど。
領主や貴族は全滅、ギルドマスターはまだ動けるような状態じゃないし、そのしわ寄せが全部クーリさんに行ったんだろうね。
「…をなんで私が。そもそもジャックは頑丈だけが取り柄なのに何をしてるのよ。エサフもエサフで…あ、フウさん!」
一拍遅れて僕の入室に気が付いたクーリさんが、目を輝かせてガタリと立ち上がった。その振動で積み上がっていた書類が床に崩れる。
それにしても、
「何で応対室で作業しているんだい?」
「いえ、街の復興のために様々な分野の代表者と話をしたり、冒険者達に指示を出さないといけないのですが、その度にいちいち部屋を往復しないといけないのも時間の無駄かと思いまして……」
なんか、ズーンって効果音が聞こえそうなほど疲れきっているね。
「フウさんは報酬の件ですよね」
「あぁ、話は通ってるとギルドマスターから聞いたんだけど……」
「はい、準備出来ていますよ」
クーリさんはそう言って後ろの棚から、銀色の腕輪と球体、白金貨の入った小さな袋を取り出した。
「この腕輪が報酬の魔道具と白金貨5枚です。魔道具は、この球体を収納袋に入れ、腕輪を着けることで使用出来る、って使い方はもう聞いてますよね?」
「指名依頼を受ける時、ギルドマスターから聞いたよ」
この魔導具はかなり有用だ。これが依頼を受けた決定打でもあった訳だしね。
すぐに収納袋の中に球体を仕舞い、腕輪を着けてみる。そして実際に試してみると、袋の中にあったはずのナイフがスッと掌に現れた。
「うん、確かに。報酬は受け取ったよ」
「フウさん、そちらの白金貨は……」
「それなんだけど、その白金貨でギルドに1つ依頼を出来るかい?」
そう、この報酬の使い道はあの瓦礫の山の中で決めていた。
「え、はい。問題はないですけど。白金貨を報酬にする依頼って一体……」
「いや何、とある少女が大人になって1人で生きていけるようになるまで、見守って、そして困ってたら助けてあげて欲しいんだ。ヨギって子なんだけどね」
「それは確かタンジ君の…分かりました。その依頼冒険者ギルドが責任を持って果たします」
クーリさんは真っ直ぐに僕の目を見つめ、そう力強く宣言した。
「うん、よろしく頼むよ」
何故だろう、唐突にフッと頬が緩む。
クーリさんがそんな僕をポカンと見て、
「あ、そうそう。僕、明後日あたりにこの街を出ようと思うんだ」
その言葉に一転、絶望の縁に落とされたような表情を浮かべた。
相変わらず表情豊かだなぁ。
「そ、そんな。それじゃあ、フウさんに受けて貰うつもりだった、あんな依頼やこんな依頼、極めつけに美少女と話すことによる私の精神の癒しはどうすれば!」
いや最後のは、心底僕の知った事じゃ無いんだけど……
「もう少し!せめて、せめてあと3年ほどこの街に居てくれませんか?!」
「いや3年は"少し"じゃないね。かなり"少し"からかけ離れてるね。悪いけど、これ以上この街に留まるつもりはないんだ」
やけに冒険者内で名前が知られちゃったからなぁ。ロットドラゴンと戦った冒険者の誰かが、話を広めたんだろうけど……
「只でさえこの間、勇者の少年に仲間になって欲しいって言われたりしたし……」
そう言った途端、クーリさんの目が据わる。そして、
「あいつサブマスター権限でギルドから除名してやろうか……」
まるで親の仇でも見つけたかのような表情で宙を睨み、そう呟く。
「まぁそれが無くても近々街は出るつもりだったんだけどね」
多分ギルドが落ち着いたら、パーティーやらクランへの勧誘も来ることになるだろうからね。面倒なことになる前に離れておきたい。
「そんなぁ」
泣きそうな顔でガックリと項垂れるクーリさんに、僕は思わず苦笑が漏れた。
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