勇者になった彼の後悔
「…カルミア、嫌よ…あなたまで失ったら私は……」
瓦礫の山の中、私はもう動かないカルミアの体にすがって泣いていた。
狂乱、それはカルミアの特殊能力。理性を失いながらも、人間としての限界すらも超える、その力の対価は使用者の魂だ。
限界まで狂乱を使用した者は、対価として精神の死と共に記憶も感情も失う。本でその事を知った時、私はそんな力は絶対に使わないでと泣きながら頼み込んだ。
カルミアはきっとそれを、私を守るために使ったのだろう。
その時、もう動けるはずも動くはずもないカルミアの腕が、私の頬にそっと触れた。掠れ切った息の音と聞き分けることすら困難なほど小さな声で、
「笑っ…て、アリシ…あなたは…その方…が、綺麗……」
彼女は確かにそう言ったのだ
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
復興活動の最前線となっている西区の教会。その庭に、怪我人の治療のために建てられたテントが、ぎっしりと並んでいる。
その1つで俺が目を覚ましたのは、戦いから3日後の事だった。テントには、俺以外にも10人ほどの冒険者達が寝かされている。
「マコト!」
リアがテントに駆け込んでくる。
領主の館での戦いの後から、リアはずっと教会で生活をしていたらしい。
「リア!無事だったんだ。良かった…あの後、一体……」
俺はラーヴァに力を借りて、吸血魔族の男に立ち向かった。でも結局、男の操る鳥の魔物に雷で打たれ…そこで俺の記憶は途絶えている。
そんな俺の質問に、リアは目を伏せて事の顛末を話し出した。
「そっか、カルミアが……」
多くの人々の死、特にカルミアのそれは、俺の心に重くのしかかっていた。
共に過ごした時は、決して長いものではない。それでも俺にとって、リアとカルミアはこの世界で初めての知り合った人間だ。俺が異世界人、迷い人であると知っても受け入れ、偏見なく接してくれた2人は、いつの間にか俺にとって大切な存在になっいた。
俺ですらこんなに苦しい気持ちなんだから、リアはきっと……
クソッ、あの男に言われた通りだ。借り物の、ラ―ヴァの力と勇者の名前だけで調子に乗って。結局俺は空っぽな、只のガキでしかなかった。
拳を強く握る。
「そんな風に落ち込んでいても仕方が無かろう」
そう言ってラ―ヴァがテントの入り口から姿を現す。本体がそこに置かれているに、わざわざ入って来るように見せたのは、他の怪我人達の視線を気にしての事だろう。
「でも、もし俺がもっと必死に鍛錬していれば……」
素振りも魔法の勉強も真面目にはやっていた。サボっていた訳ではない。けれど、なりふり構わないくらい躍起になって取り組んでいたかというと、そんな事はなかった。
俺は戦うということを、命のやり取りを本質的に理解していなかった。学生気分のままラ―ヴァの力に甘えていたんだ。
「図に乗る出ない。いくらお主が才能に恵まれているといえど、数日で素人の実力が大きく変わるものか。それこそ傲慢、研鑽を重ねてきた戦士たちへの侮辱じゃ。お主がどんなに血反吐を吐くような鍛錬をしていたとして結果は、変わらんかったであろうよ」
「そう…かもしれないけど……」
ラ―ヴァの言うことは最もなのだろう。でも、それでも考えてしまうのだ。もし俺がもっと強ければ、地球で流行していた物語の主人公のように、圧倒的な力を持っていれば、全てを救えたんじゃないか、カルミアも助けてまたリアと3人笑ってハッピーエンドを迎えられたんじゃないか、と。
「強くならないと」
拳を更に強く握りしめ、そう呟く。
「えぇ本当に。だからこそ、まず今は体を万全に治すのが先決ですよ」
リアはそう言うと、俺の拳を両手で包むように解いた。目に涙を浮かべながらも、その顔には何とか笑顔を取り繕っている。
「リア…無理はしなくて良いんだ」
父である伯爵もカルミアも目の前で失った、リアの苦しみは計り知れない。
「いえ、無理ではありません。あの時、お父様は貴族の務めを果たせと、そしてカルミアは私に笑ってと、そう言いました。ならばもう、私に泣いている暇はないのです」
その頬を涙が1粒伝って落ちる。
そんなリアに何も言えない俺に代わるように、1つため息を吐いてからラーヴァが口を開く。
「それは違うぞ、アリシアよ。強さとはそういう事ではない、カルミアが綺麗と言ったお主の笑顔は、それではない」
「ラ―ヴァ様……」
「儂の知っている強き者達も皆、悲しい事があれば涙を流していた。友や身内が死した時、力が及ばなかった時、人目を憚らずに泣く事も珍しくなかった。強さとは泣かぬことではない。涙を流した後、もう一度立ち上がり前に進むことじゃ。そしてその先で、心の底から笑ってこそ。お主の父も、カルミアも報われよう。だからこそ、今その苦しみを我慢することは無い」
そんなラ―ヴァの言葉を皮切りにリアの目からボロボロと大粒の涙が零れ出し嗚咽が響く。そして俺も。
強く、ならないと……
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