殺し屋だった彼女と、戦う彼らと・Ⅶ
獣のように跳躍した女騎士が、天を仰ぐロットドラゴンの下顎を掴み、そのままの勢いで上顎の方に引き寄せて閉じる。
僕はそれを唖然と見ていた。
放たれるはずだったブレスが、行き場を失いドラゴンの喉元で暴発したのだろう。腐肉が吹き飛び、漏れ出た魔力が荒れ狂う。
暴発が収まった時、ロットドラゴンの首は今にももげそうなほどに破壊されていた。すぐ喉元の骨と腐肉の再生が始まるが、黒いもやは消えている。
彼女、洗脳が解けたのかな?というか、僕と違ってロットドラゴンの爪をもろに喰らってたし、動けるような状態じゃなかったと思うんだけど…まぁ良い。何にせよ助かった事に変わりはない。
暴発に吹き飛ばされた彼女は、体の至るところから血を流しながらも、近くに落ちていた冒険者の戦士の槍を手に立ち上がる。
そして振るわれたロットドラゴンの爪を弾き上げて、腐肉を切り裂いた。
あの体で、どうなってるんだか…とはいえ、チャンスだね。
彼女がロットドラゴンに猛攻を仕掛けてる間に、冒険者達も態勢を立て直したようだ。
「嬢ちゃん、さっきの武器もう一度使えるか?」
「あぁ、腐肉さえ削ってくれればもう一度あれを魔核にぶちこもう」
「お前ら聞いたな!あの女騎士に合わせて攻勢に出る。ロットドラゴンの胸の腐肉を削って魔核を露出させろっ」
おじさんの指示に冒険者達はすぐに動き出す。
彼らはロットドラゴンの攻撃を避けながら、武器で魔法で、果てには素手で、ロットドラゴンの胸から横腹にかけての腐肉を削ってゆく。
今冒険者達がロットドラゴンを押しているのは、こちらの攻撃まで再生が追い付いていないからだ。どう見ても限界を過ぎてる彼女が、その命を燃やし尽くした時、それがタイムリミット。
爛れた手で狙撃銃を強く握る。チャンスは一度。
先程とは違って、動き回っているロットドラゴンの胸に狙いを定めスコープを覗き、待つ、待つ、待つ。
おじさんが槍で切り裂いた、僅かな腐肉と骨の隙間、
見えた。この距離なら偏差はいらない。
スコープがロットドラゴンの魔核を捉え、僕が銃のトリガーに指をかけ引いた瞬間。魔核が見えていた隙間にボコリッと腐肉が再生する。
な、このドラゴン。他の部位より先にこっちを先に再生した?!
ズドンッと重い発砲音と共に放たれた弾丸は、再生した腐肉に勢いを削がれ、魔核に皹を入れるのみで破壊するには至らない。
もう一発!
しかし、そこがタイムリミットだったらしい。
右腕と左目を失い、脇腹に穴を穿たれながらも猛攻を続けていた彼女の足がふと止まり、その左胸をロットドラゴンの爪に切り裂かれる。
瞬時に、僕はどう動くべきか、再度思考し直なおした。
皹は入れた、魔核の場所も分かった。だけど…胸の腐肉はもう分厚く再生している。
なら、まだ再生が間に合っていない腹側から、魔核を撃ち抜くしかない。
狙撃銃を持って、ロットドラゴンの側面に向けて走り出す。
しかし魔核に皹を入れた一撃目に脅威を感じたのか、ロットドラゴンは猛攻で切り飛ばされた左前脚や、冒険者達が未だ攻撃を続ける傷よりも先に、胸から腹にかけての腐肉を再生する。
くっ、他に何処か肉の薄い場所は、いや、これ以上再生されれば振り出しに戻る。魔核を狙って腐肉越しに、銃弾をぶちこみ続けるか……
そんな時、僕とは反対側のロットドラゴンの側面にいつの間にか、1本の剣を抱えた誰かが立っていた。
街を救うため、妹を救うため、震える足に活を入れた、タンジ少年がそこに立っていた。
っ?!
「うぉぉぉっ!!!」
タンジ少年がロットドラゴンの腹に、勇者の少年が振るっていた神剣を突き刺す。
だけど……
しかし神剣は腐肉に埋もれただけで、魔核になどとてもじゃないが届かない。
「くそっ、やっぱり俺じゃ」
泣きそうな声を挙げたタンジ少年に、ロットドラゴンが容赦なく尾を叩きつけた。その体が宙に舞い上がり、地面に落ちる。
そして、ロットドラゴン腹に神剣の柄だけが残った。その柄に、もう息があることすら信じられないほどボロボロになった彼女が、這いずるようにして上半身を起こし、触れる。
瞬間、神剣が目映く輝き、光がロットドラゴンの腹を貫いた。光は腐肉を消し飛ばし、
今っ!
露出した魔核に向けて3度目の銃声が響く。スコープを覗くこともなく、僕が経験と勘を元に放った銃弾は、遂にその魔核の中心を貫き、砕いた。
ロットドラゴンの体がグズリと崩れ、腐肉は煙と凄まじい腐臭をあげながら溶けて地面に染み込むように消えてゆく。そしてそこには砕けた魔核と、ドラゴンの骨だけが残された。
「今度こそ、倒した?……」
僕は地面に倒れ付し、血を流すタンジの少年の隣にしゃがみ込んだ。
「タンジ少年」
その小さな体は、腕があらぬ方へ曲がり、尾が直撃した上半身は、内臓が破裂し骨も筋もズタズタ。即死しなかったのが不思議なほどで……
「ロットドラゴンの討伐は完了だ。西区にも冒険者達が向かったよ。君のあの行動がこの街を、君の妹を救ったんだ」
そんな僕の言葉を聞いて、タンジ少年は得意気にニヤリと笑みを浮かべると、一度大きくヒューッと息を吐いて動かなくなった。
「何だ、僕なんかよりずっと強いじゃないか」
僕は、その小さな英雄の瞼をそっと閉じる。
瓦礫の山に朝の陽光が差し込む。その光はやけに眩しく、目に染みた。
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