殺し屋だった彼女と、戦う彼らと・Ⅲ

「今度こそ終わり、私の勝ちだ人族共!ギルドの長にしてやられた時は多少焦ったが、結局人族の街程度、私1人で事足りたのだ!」


 大氾濫の企みの過程で生まれたらしいロットドラゴンに助けられておきながら、よくもまぁあんなに傲慢になれるものだね。


 ドッペルゲンガーの男が今度こそ、へたり込む少女に向けて歩を進める。


 あの男から少女を守れる人は、この場にはもういなそうかな。


「クックックッ、そうだその顔だ!貴様のような弱者が何も出来ず絶望にうちひしがれている顔。私はそれが見たかった!ハハハハハッ」


 俯く少女の前まで歩いて行った男が、その髪を掴んで顔を上げさせる。


「よく見ろ小娘、これは力無き貴様の罪だ。私の洗脳は領主の館にいた全ての者に及んでいた、その強さに差はあるがな。あの騎士のように意思を奪い操るほど強くはないが、私に都合良くその意思を誘導出来るくらいには、貴様にも洗脳が掛かっている。この意味が分かるか?」


 少女は涙を目に溜め、嫌だ聞きたくないと首を振っている。


「自分の意思で私の存在に気付き、館から逃げ出したのだと思ったか?何故、たかが盗賊ごときに、ご自慢の護衛騎士が全滅させられたことに疑問を抱かなかった?女騎士を通して貴様らの行動を把握していた私が、それを全て放置していたのは何故だと思う?そうだ、貴様はずっと私の手のひらの上で踊っていたに過ぎん!ククッハハハハハッ」


 涙でぐちゃぐちゃになった少女を見て、男は心底愉しそうに笑い声を上げていた。


 あの男、性格悪いなぁ。それとも変なコンプレックスでも抱いているとか?どちらにせよ、あの少女は可愛そうに。

 とはいえ申し訳ないことに、僕にはまだどうにも出来ないんだけどね。


「お前が王都に向かわせた元騎士団長だという男も殺したぞ!それもこれも、この光景も、貴様の愚かしさが引き起こしたことだ。お前が余計なことをしなければ、こうはならなかったかもしれないというのにな!」


 いや、全ての元凶がどの口で言ってるんだか。


「あ、あぁぁぁ。ごめん、なさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 少女は地面に涙を落としながら、ただ謝り続けている。


「さぁ終わりだ。愚かな弱者は絶望の中に死んで行くと良い」


 男が氷の剣を作り出し、まるで断罪でもするかのように少女の首に振り下ろす。そして舞った血は、少女のものではなかった。


「…お父…様?」


 勇者の少年に背負われていた男性が、少女を庇うようにして肩口から腹までをザックリと斬られている。


「そんな、嫌、嫌…お父様、お父様ぁっ」


 お父さんか。成人も迎えていなそうな少女が目の前で、自分を守るために家族が命を落とす様を見せられるとは、さすがに酷だ、胸が痛むね


「ゴホッ…アリシア…悪いのも愚かだったのも、私だ…ダリアを失い…奴に付け込まれ、この館に……お前は、悪くない…だが、貴族の務めは果たせ…不甲斐ない父で、すまないな、愛して……」


 その男性が少女の耳元で小さく囁いて、そのままもたれ掛かるように倒れた。

 少女の服にその血が染み込んでいく。しかしその時、涙でぐちゃぐちゃだったはずの少女の表情は、一転していた。


 僕は予感を感じ、ナイフを手に取る。


 未だ涙を流し、嗚咽にまみれながら、それでも明らかにさっきまでとは違う目で、少女は立ち上がっていた。その手には護身用であろうか、短剣が1本握られている。


「何だ、何だと言うのだ。さっきまでの絶望は何処にいった!力も持たぬ弱者が、何故立ち上がる。何故力に、私にひれ伏し、諦めない。何故絶望の中で死んでいかない!」


 男は短剣を構える少女の軽い体を血の槍で吹き飛ばす。死なないように、意識を失わないように、何度も何度も吹き飛ばす。


「さっきの表情を見せろ!貴様には何も出来ん、さぁ絶望しろっ。弱者は強者に踏みにじられるものだ!力を持たぬものが、そのような目で強者わたしを見るなど、許されっ」


 怒りに囚われ、男は少女の心をもう一度折ることに躍起になっている。


 そして僕はこの瞬間を待っていた。あの男の意識は少女一点に向いている。

 短気、油断、侮り、怒りに囚われて警戒はおざなり。少女には感謝しないとね。これは、彼女が立ち上がったからこそ生まれた隙だ。


 男の後ろから、拳銃の銃口を突き付ける。


「愚かなのは君だよ。その弱者とやらに感情乱された結果、こうして僕に殺されるんだから」


「お前は?!」


 男が不愉快な言葉を発する前に、タァンッという発砲音と共に、放たれた弾丸がその右胸を貫き、魔核を砕いた。


「魔核を砕かれた魔物は、持ちうる能力を失う。だろう?」


 口角を上げそう言ってやると、その姿が剥がれ落ちて真っ黒なマネキンのような姿になった男が、咆哮のように怒りを叫ぶ。


「私を魔物と呼ぶなぁぁぁっ!!!」


 しかし魔核が無くなればこいつは、ロットドラゴンへの命令権も、吸血魔族に擬態したことで使っていた黒血魔法も氷魔法も、何も使えない。


「何処をどう見ても魔物だろう?」


 最大の侮蔑と嘲笑をもって、僕は男の首をナイフで掻き切り、続けざまに左胸を突き刺す。そして、空に手を伸ばしフラフラと後ずさるその頭を、拳銃で撃ち抜いた。


「私は、魔族に……」


 こんな姿でも急所は人と同じか。不思議なものだね。


 そして男の体は崩れ、その場には真っ黒な塵と砕けた魔核のみが残される。


 へぇ、ドッペルゲンガーって魔物は死体が残らないのか。


 さて、に移ろう。全くも随分と厄介な依頼をしてくれたもんだね。


 僕は命令下から解き放たれ見境なしに暴れ出した、骨と腐肉の竜へ目を向けた。

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