勇者になった彼と力

「そん、な……」


 リアがペタリと地面にへたり込む。


 カルミアなら元に戻るはずだと、そしてこの窮地も一転するはずだと、そう信じていたのだろう。


 それは他ならぬ俺も同じだった。


 しかしその希望は打ち砕かれた。カルミアは冒険者の女の子と共に、いとも簡単にロットドラゴンにやられてしまった。

 吹き飛ばされる時に見えた血の量から考えるに、無事とは言えないだろう。


 ロットドラゴンは先程までよりも攻勢を増し、相対する冒険者達の限界も近いだろう。


(かなりまずい状況じゃの)


 戦いの素人である俺から見ても、戦況は限りなく切迫しているのと分かる。それ程に追い詰められていた。


 ギルドマスターの容体も一旦は落ちついてる。、ここからは回復魔法がなくても問題ないらしい。


(俺の体をラーヴァが完全に操るとしたら、どれくらい戦える?)


(ロットドラゴンの方は、どうあがいてもお主の体では無理じゃな。吸血魔族ヴァンパイアの方は、なりふり構わなければ防戦ならば可能といったところかの)


 …やるしかない。俺も戦わないと。


 そんな時、


「…ゴホッ…俺は生きてる…のか」


 ギルドマスターが目を覚ました。


「ジャック!」「ギルドマスター目が覚めたのですね!」「なんとか血は止まりましたが、体内の傷はそのままです。あまり動かないで下さい」

 

 起き上がろうとするギルドマスターを、冒険者の人達が押し留める。


「ハァハァ…フウの…嬢ちゃんは?」


「彼女は、さっきロットドラゴンに吹き飛ばされて……」


「そうか…嬢ちゃんには、悪いことを、したな」


 ギルドマスターはロットドラゴンの方を見て、それからゆっくりとこちらに視線を向けた。


「お前ら…俺のことは良い。ロットドラゴンを…討伐しろ……」


「ですがギルドマスター、まだ治り切っていません!今処置を止める訳には「お前達は…俺達はっ、冒険者だ!ゴホッ、ハァハァ…魔物を倒し街を、民を守るのが俺達の役目だろう?!」


 地面に倒れ血を吐きながらも、ギルドマスターは力強い声でそう叫ぶ。


 その言葉が届いていたのだろう。ロットドラゴンと相対していた冒険者達の纏め役の男性、エサフさんが声を張り上げた。


「お前達っ、今より全力でロットドラゴンの討伐に加われ!」


「エサフさん、でもギルドマスターは……」


「最優先はこっちだ!迅速にロットドラゴンを討伐して、すぐにジャックの治療に戻る」


「頼むぞ……」


 エサフさんのその判断にギルドマスターはニヤリと笑い、ゆっくりと息を吐き、目を閉じた。


 治療にあたっていた冒険者の人達が戦闘に加わったことで、押し切られそうになっていた戦いは、なんとか余裕を持って防戦が出来る程度まで持ち直す。


 そんな中、リアの方へカツカツと、吸血魔族が歩いて行くのが見えた。冒険者の人達はロットドラゴンに手いっぱいで、その場を離れる事は出来ない。


(マコト……)


(分かってる)


「エサフさん、すみません」


「良い!こっちは俺達がどうにかする。アリシア嬢を守れ」


「ありがとうございます!」


 そうして、俺はラーヴァを手にリアと吸血魔族の間に割って入った。


「勇者か、クックックッ。貴様ごときが私に相対しようなど、自分の実力すら正しく理解していないようだな。これだから弱者は愚かしい」


「マコト……」


「大丈夫、リア。任せてくれ」


 何とか余裕があるように振る舞うが、きっと虚勢なのはバレているのだろう。その心配そうな眼差しで俺を見つめている。


 吸血魔族が、血の槍を俺に向けて軽く振るう。ラーヴァでそれを弾くが、その重さに思わず腕が痺れた。


 軽く振るわれただけなはずなのに!悔しいけど、俺じゃ全く歯が立たない。


(ラーヴァ、頼む)


(あぁ、任せよ)


 体の主導権をラーヴァに預ける。俺の体が、放たれた数本の氷礫を避け、弾き、吸血魔族との距離をゆっくりと詰めて行く。

 何処かぎこちなくはありながらも、俺の体はギリギリで氷礫にも血の槍にも対応していた。


 しかし一方でラーヴァから放たれる光の斬撃も、吸血魔族には当たっていない。地面から生えるように生み出された氷の盾が、血の槍が、斬撃を全て防いでいた。


「弱い、弱いな。貴様の力は全て外側のみを取り繕ったものに過ぎず、中身が伴っていない。故に弱い」


「人を騙して支配して操ることで、ギルドマスターやあの女の子を排除したお前に言われたくない!」


 カルミアを操りギルドマスターを騙し討ちのように攻撃させ、あげく使い捨てるようにしたこと、そして自分の不甲斐なさ、様々な感情が入り混じった怒りから、おれは思わず声を荒げる。


(マコト感情を昂らせるなっ。儂の操作が鈍る!)


(だけどっ!いや、ごめん)


「分からないのか、雑魚が。それも強さの1つだ。私は自分の単純な戦闘能力に限界を感じたからこそ、知恵を絞り多くの策謀を重ねた。このロットドラゴンもそうだ。あの女に渡した魔物を操るための魔道具には、私が洗脳魔法の仕掛けを施していた。後に全ての魔物を私の支配下におけるように、と。まさかSランクの魔物が手に入るとは思わなかったがな」


 吸血魔族は得意気にそう話し、こちらを蔑むような嘲笑を浮かべた。


「私は鍛え上げたのだ。くだらない仮初めの力しか持っていない貴様と違ってな」


 瞬間、目の前が明滅し体に激痛と衝撃が走った。視線の端に黄色の羽毛を持った鷹のような怪鳥が見える。


(無事か、マコト!何故サンダーバードがっ)


(何…とか……)


 ふらついた俺の体をラーヴァが立て直そうとする。しかし、いくらラーヴァでも外部から体を操っている以上、限界がある。


(マコト!)


 強烈な血の槍に吹き飛ばされ、更に追撃のように雷が数度直撃したところで、俺の意識は途切れた。


「クックックッ、これが私の力。多くの魔物に擬態を繰り返し、洗脳魔法で支配下に置いた。ロットドラゴンや、サンダーバードほどの魔物はそういないがな。貴様程度の相手であれば魔物に命令しながら戦うことなど容易いということだ」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 そんな戦場の様子を、僕はジッと見つめていた。


 …あーあ、倒されちゃったよ勇者の少年。まぁ仕方ないか。最初に見た時彼、学生服来てたし。地球にいた時には、争いのあの字も知らなかったんだろうからね。

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