殺し屋だった彼女と、戦う彼らと・Ⅱ

「うぉっ?」


 そんな気の抜けた声と共に、ゴポリとギルドマスターが血を吐き出す。後ろから突き刺さった剣は、そのままその腹を横に斬り裂いた。


「何…を……」


「ジャック!」「ギルドマスター!」「あの女、またやりやがった!」「氷姫に続いてギルドマスターまで!」


 駆けてくる冒険者達の悲鳴の様な叫びと共に、ギルドマスターが地面に崩れ落ちる。血のべっとりと付いたその剣を握っているのは、味方であるはずの女騎士だった。


「伯爵様、この街を脅かしていた魔族の討伐完了です」

 

 女騎士はそう言って、いつの間にやら壮年の男性に姿を変えていたドッペルゲンガーの男に向けて、敬礼する。


 冒険者達はその半数が男とロットドラゴンに相対し、残りの半数はギルドマスターに駆け寄り、必死に応急処置を始めた。


再生薬ポーションが足りない!」「止血早くっ」「おいジャック、しっかりしろ!ジャック!」


 何が起こったのか理解が追い付かず呆然としていた勇者の少年が、ギルドマスターの元へ向かう。


「俺、回復魔法使えます!」


「本当か少年?助かるっ」


 一方で少女の方は、呆然と棒立ちのままだ。


「なん、で…カルミアが…それにあの吸血魔族が、お父様に?でも……」


 そんな混乱を横目に、僕は1人動き出していた。


 何が起きたのか細かい事は分からない。けれど1つだけはっきりとしていることがあるよね。現状あの女騎士は、それだけ分かれば十分。


 音を立てず瓦礫の影、死角を縫って、斜め後ろから女騎士の首筋目掛けてナイフを振るう。しかし、


 避けられた?!


 女騎士は前屈みになるようにしてナイフを避け、カウンターとばかりに振り返りながら血のついたままの剣を横に薙いだ。ギリギリまで迫ったその剣の腹に左手を着いて、宙返りの要領で何とか避ける。


 凄まじい反応速度だね、危なかった。後ろに目でも付いてるみたいだ。本当にあの時、勇者の少年に助けられてた女騎士と同一人物かい?


「良くやったぞカルミア!これでAランク冒険者も、冒険者ギルドのマスターも消えた。勇者は警戒していたのが馬鹿にらしいほどの雑魚。その女さえいなくなれば、もうこの街に私の邪魔を出来るものはいない!さぁやれっ」


「お前も魔族の仲間かぁっ!」


 男の命令に従うように、女騎士が僕に向けて土を抉るほど力強く踏み込んだ。


 はやっ、避けきれない!


 そして振るわれた剣をなんとか両手のナイフで受け止めるが、その圧倒的な膂力に吹き飛ばされる。

 

 一撃が速いし重い。もしかしなくてもこの女騎士、ギルドマスターと同レベルの実力じゃないかい?

 支離滅裂な発言といいうつろな目といい、洗脳でもされてるのか…まぁ何にせよ関係ない、襲ってくるなら殺すしかないよね。


 鋭く鋭く意識を研ぎ澄ます。その剣の腹にナイフを叩きつけて逸らす。体勢を落とす。飛び上がる。その嵐ごとき猛撃を、ギリギリで避け続ける。


「カルミア、何をしてるんですか。目を覚ましてください!」


 主であろう少女のそんな叫びも、女騎士の耳に入っている様子はない。


 迫る女騎士を、いなしながら隙が出来るのを伺い続ける。縦横無尽に動き回りながら、剣戟は加速していく。


 そんな時視界の端、ロットドラゴンの隣で男がニタリと嫌な笑みを浮かべた。


 まずい、あれはロットドラゴンを動かそうとしてる。分かってるんだけど…厳しいなぁ。女騎士に手いっぱいで対応するのは、厳しそう。


「今だ、やれ!」


 その命令を合図に、相対する冒険者の攻撃も魔法も振り切ったロットドラゴンが、こちらに突っ込み容赦なく爪を振るった。僕と女騎士は纏めて瓦礫の山に吹き飛ばされる。


「ククク、ハハハハハッ、これで邪魔者は消えた!多少予定外のことはあったが、これでこの街は手に入ったようなものだ!」


 勝利を確信した男がそう高笑いを上げるのが、遠く聞こえた。

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