殺し屋だった彼女と領主の館・Ⅰ

 図書館まで道の途中にある、領主の館を前で足を止めた。明かりは付いているものの、音はシンと静まり返っている。


 嫌な空気を感じるね。ここに来るまでの貴族街も気配が全くしなかった。一体何が起こっているのやら。

 さて門番はいないし、インターホンもない。これは侵入するしかないね。


 塀を登り、広々とした庭へ降りる。館の表の扉は、内側から鍵がかけられているようだ。館の周りをぐるりと見て回ると、反対側に南京錠のかけられた裏口らしき扉を見つけた。


 中に人の気配はなしと、この扉がちょうど良いかな。


 収納袋から針金を取り出し、扉を施錠している南京錠の解錠に取り掛かる。


 内側に鍵かけられてるのは難しいけど、南京錠なら簡単だね。ここをこうして……


 解錠を初めてから3分ほどで、カチャリと音がして南京錠が外れた。そのまま南京錠は地面に捨てて、扉を開く。


 ここは、調理室か何かかな?


 足を踏み入れた瞬間、今まで静まり返っていたのが嘘のように、金属のぶつかり合うような音や、何かが割れる音などが、館の奥から僕の耳へと届いた。


 今、突然鳴り出したというよりかは、ずっと鳴っていたのに外に漏れてなかった感じだろうね。だとすれば、やっぱり魔法か何かとか?便利だなぁ、魔法


 調理室の扉を開け、廊下へと出る。赤いカーペットの敷かれた長い廊下を歩いて行くと、正面突き当りの壁を破って何かがこちらへと吹き飛ばされて来た。それを半身になって避ける。


 おっと、危ない。というか……


 廊下を転がり僕の斜め後ろで止まったそれは、ギルドマスターだった。


「何やってるんだい?」


 思わず半目で問いかける。嫌な予感が的中したようだ。


「おっ、フウの嬢ちゃんか!」


「"おっ"じゃないよ"おっ"じゃ。よくもこんな、どう見ても面倒そうなところに呼び出してくれやがったね」


「いや、すまんすまん。悪いとは思ってるんだぜ。嬢ちゃんに出した指名依頼の結果を聞いてから、こちらの動きを決めようと思ってたんだが、相手さんが思ったより短気でな」


 そう言ったギルドマスターの視線の先、崩れた壁の向こうから燕尾服の男が、こちらへと歩いて来る。


 あれがもう1人の吸血魔族、かな?真っ白な肌に蝙蝠のような羽、容姿は間違いなくそうなんだけど…何だろう、この違和感。

 女吸血魔族と相対した時のような、圧倒的な圧を全く感じない。吸血魔族の力を全力で出せるはずの、夜だというのにだ。


「嬢ちゃんも分かるか」


「ギルドマスターもかい?」


「あぁ、俺もかつて仲間達と吸血魔族と戦ったことがあるからな」


 そうか、なら僕の気のせいではなさそうだね。あの男、吸血魔族にしては


「他にもいくつかおかしい点がある。警戒した方が良いかもしれないぞ、嬢ちゃん」


 ん?ギルドマスター、何か勘違いしてるっぽいな。


「警戒も何も、僕はギルドマスターに仕事の報告に来ただけなっ、あの男と戦うつもりはないよ」


 僕の言葉に、ギルドマスターは驚きと納得と呆れが入り雑じったような絶妙な表情を浮かべ、ため息を吐いた。


 失礼だな。仕事ってそういうものじゃないか。


「…そうだな。嬢ちゃんはそういう人間だったな。ならこれはどうだ?あの男が場合、嬢ちゃんの調査報告にミスがあったことになる」


 そう言って、ギルドマスターがニヤリと悪どい笑みを浮かべる。


 …確かに街にもう1人がいる、と言ったのは僕だったね。

 状況から勝手にそう考えていた。まだ、あの男が吸血魔族の中でも極端に弱いだけ、という可能性だって無い訳じゃないけど…僕自身も今は確実と断言出来ない情報な時点で、完璧な仕事とは言えないか。

 あの男の正体をはっきりさせないと死神の名折れ、と。


「随分と屁理屈が上手いじゃないか。もっと単純で脳筋な人間だと思ってたんだけどね」


「何言ってんだ、俺はもっぱら頭脳派なんだぜ」


「冗談も程々にした方が良いよ」


 暗殺したあの女吸血魔族レベルの相手戦え、とかなら話は別だけど、正直この男ならそんなに脅威はない。


「その口車に乗ってあげようじゃないか」


 ナイフを手に、吸血魔族(仮)に目を向ける。


「ヒソヒソと話は終わったか、小賢しい儘人族ヒューマン共」


「あぁ待ってくれてたのか、てっきり増援に怯えて立ち竦んでたのかと思ったぜ、ヴラさんよ」


 煽るねぇ、ギルドマスター。


 吸血魔族(仮)はその言葉を聞いて、不快そうな表情で額に青筋を浮かべた。


「小娘1人が加わったところで何が変わる。儘人族ごときが調子に乗るな!」


 放たれた氷魔法を合図に、戦いの火蓋が切って落とされる。

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