殺し屋だった彼女、暗殺実行・Ⅲ

 木と木の間を縫うように、森の中を駆け抜ける。

 吸血魔族の女は、切り落とされた羽の付け根から流れ出る赤黒い血を伸縮可能な剣のように操って、木々や見張りのオークをも斬り刻みながら僕を追いかけて来た。


 あれが黒血魔法ってやつか。自分以外の血も操れるって話だけど。確かにオークやゴブリンが斬られるたび、操ってる血の量が増えてる。木の上に隠れても、木ごと倒されればどうしようもない。おっと危ない。


 跳躍した瞬間、足元を血の刃が薙ぎ払った。


 能力が低下しているはずの昼間でもこれか。とにかくあの血の刃が厄介だね。

 でも、少し熱くなりすぎだ。一辺倒に突っ込んでくるだけじゃ、あまりに動きが分かりやすい。


 ドーンッと、女の足元でダイナマイトが、タイミング良く爆発する。


 ビンゴ!


「ッ…このクソ人族が!」


 さて、そろそろお目当ての場所だ。


 爆煙を振り払って、突っ込んで来る女までの距離は約10メートル。血の刃が僕の太腿を斬り付けるのと同時に、タァンッタァンッタァンッと3発、拳銃を打ち込む。


「そんな狙いが見え見えな武器、当たらないわ。残念だったわね、とっておきが外れて!小細工は終わりかしら?」


 わお、この距離で3発の銃弾全てを避けるって、本当に能力下がってるのかい?


 女が残虐な笑みで一歩踏み出した時、設置されたトラバサミの鋸歯状の歯が、その足に食い込む。


「悪あがきを!」


 そして同時にもう一度、僕は拳銃を発砲した。


「だから当たらないと言って」


 さぁ終わりにしよう。僕に注視しすぎて周囲の警戒を怠った君の負けだ。


 そのバンッという発砲音を追うように、ズドンッともう1つの発砲音が森に響く。放たれた銀の12.7×99mm弾が女の胸を貫き、血と肉が弾け飛んだ


「カッ…まさか、仲間が……」


 女は顔を怒りと痛みに歪め膝を突き、銃弾が飛んできた方を睨み付ける。


 しかし、その30メートル程先にあるのは、木の草葉に隠すようにくくりつけた狙撃銃だ。


「仲間なんていないよ、ダメじゃないか僕から意識を反らしたら」


 そのせいで隙だらけ、だからこんな風に簡単に接近される。危機な時ほど冷静にならないと。

 

「ちょっと待っ」


 タァンッと、今度こそ、銀の弾丸を1発女の頭に撃ち込んだ。女はバタリと倒れ、地面に血が染み込んで行く。


「僕が本当に狙ったのは、狙撃銃のトリガーに結んでおいた紐の先。それが切れると、弾が発砲されるように設置しておいたんだ。トラバサミはその狙撃地点の合図だったという訳さ」


 拳銃を構えた警戒したまま、収納袋を広げる。


 うん、収納袋に入ったってことは完全に死んでるね。

 ハァ、疲れた。けっこうギリギリだったよ。やっぱり勝率7割程度で暗殺を強硬なんてするもんじゃないね。

 暗殺ってのはじっくり機を待って、確実なタイミングで仕掛けるものだ。


 僕はその場で暗殺の成功と討伐開始の合図である、赤い狼煙を上げる。


 それを見てすぐに集落の近くに潜んでいた冒険者達が、集落へと踏み込んで行く。


 体中の切り傷は、大したことはないね。唯一太腿の傷は少し深いけど、こうして…止血すれば動きには影響しなそうだ。さて僕も討伐に合流しようか。仕事は早く終わらせるに越したことはない。


 すぐに僕も集落へと戻り、魔物達の討伐に混ざる。


 棍棒を振りかぶるオークの喉をナイフで掻き切って返す刀で、ゴブリンの心臓を貫く。


 まずは小手調べだね。動きにも問題はないし…うん、いけそうだ。


「おっ、嬢ちゃんが吸血魔族を殺した英雄か」


 近くにいた冒険者のおじさんが、僕に向けてそんな軽口を叩いた。


 随分と余裕がありそうだね。まぁギルドマスターが集めた信頼出来る精鋭だって話だしゴブリンやオーク程度に遅れは取らないか。


「大したもんじゃないよ。油断している獣の隙を付いただけさ。ところでおじさんは?」


「俺はエサフ。しがないBランク冒険者って奴だよ。今ギルドマスターやってるジャックとは腐れ縁でな。楽そうな依頼こなして隠居気分でいたってのに、突然この依頼に参加しろなんて手紙を寄越して来やがった」


 おじさんは槍でゴブリンを斬り捨てながら、やれやれと首を竦めた。


 器用だなぁ。


 そんな時、


「トロールが出たぞぉ!Cランク冒険者は下がってオークやゴブリンの討伐を続行、Bランク冒険者は集まってトロールの討伐に当たれ!」


 フウが戦う集落の端と反対側の方から、声が挙がる。


「さて、街のためにもう一頑張りしますかね。依頼が終わったら、ジャックの奴に酒奢らせねぇとな」


「あ、そうだおじさん。Sランクの魔物、ロットドラゴンが何処かにいるらしいから。皆に伝えといてくれるかい?」


 僕のその一言に、おじさんは表情を引き攣らせた。


「…マジで?」


「うん、マジで」

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