殺し屋だった彼女、暗殺実行・Ⅱ

 例の集落のすぐ側、草陰の中で僕はオークの剥製を脱ぎ、集落の中を確認する。


 吸血魔族の女がいた家は、この辺りが一番近そうかな。じゃあ色々と設置していこうか。




 設置と調整はこれで完了だ。まぁこれは全部予防線みたいなものだから、使わずに仕留められるのが、理想ではあるんだけれど……


 僕はもう一度オークの皮を纏い、集落に突入する。


 ゴブリン達はこちらを怪しむ様子は無いね。知能が低いのか、興味がないのか、はたまた関わり合いになりたくないのか。まぁ何にせよ僕にとっては好都合だ。


 前来た時に女がいた家はここだ。ゴブリン達の見張りは多いし、家の中から同じ気配を感じる。間違いなく中にいるね。


 ゴブリン達の目を盗み、調査の時と同じように馬小屋に入り込む。そして剥製を脱いで壁に耳を当てた。


《…のようだ》


「はぁ?あんたの正体を勘づかれたかもしれない?どうするのよ」


《問題はない。元より領主の娘がギルドマスターに接触した時点で、私の存在自体は察されていると予測していた。逆に、私の方に気を取られ大氾濫に対する意識がおざなりになってる方が都合が良い。冒険者ギルドの方針も冒険者を街の周りに集めて防衛戦を行う、なんてお粗末なもののようだしな》


「へぇ、大氾濫の規模も知らずに呑気に防衛戦だなんて、ギルドマスターとやらはとんだ暗愚のようね」


 なるほど、ギルドマスターは見事なブラフを張ったようだね。やるじゃないか。


《それで、Aランク以上の魔物が手に入ったという話は本当に問題無いんだろうな。街は極力壊すなとドラク様からの指示だぞ》


「えぇ問題ないわ、人族達の基準に言わせれば討伐推奨ランクS、ロットドラゴン腐霊竜!私が作り上げたアンデットだから命令には忠実よ。まさか竜種の遺骸を見つけられるなんて、きっとドラク様のお導きね」


 ブラフは見事だったけど、こっちはやられたね。ギルドマスターはAランクの魔物を支配下に置くのは吸血魔族であって時間がかかるだろうって言ってたけど、昨日の今日で手に入れてるみたいだよ、それもSランクの魔物を。


《竜種の遺骸だと?何故そんなものが……》


「外傷は無く、遺骸は綺麗だったわ。老衰か病気でしょうね」


《そうか、なら良い。Aランク以上の魔物が手に入ったのならもう待つ必要はない。明日にでも大氾濫を起こせ》


「私に命令するんじゃないわよ、殺されたいの?大氾濫を起こして下さい、でしょう。って通信切りやがったわね!」


 明日、か。暗殺の期限の5日はもう意味が無いね。時間かけてでも確実性を上げるつもりだったけど、こうなったら仕方ないか。ちょっと強引になるけど、設置した道具も全部使って


 オークの剥製を脱ぎ捨て、その頭を馬小屋の外、隣の家の前に投げ捨てる。そして僕自身は、素早く家の裏に回った。


「ギャッ、ギャアギャア!」「ギャギャギャッ」「ギャアギャ」


 突然転がってきたオークの頭、それ気付いた見張りのゴブリン達が声を挙げる。


「うるさい!何の騒ぎよ、このクソ…オークの首?何がっ?!」


 その声を聞きつけた吸血魔族の女ターゲットが家の扉を開けた瞬間、ドーンッと音を立ててオークの頭は爆発した。


 ニトログリセリンと腐葉土、そして爆薬から作ったお手製ダイナマイト。毒魔法のレベルもあってあまり多くは作れなかったけど、3本でも十分な威力だね。

 とはいえ確認した吸血魔族の情報を考えれば、これで殺せるとも思わない。


「殺す、殺す、殺す。何処のどいつよ、出てきなさい!」


 ほらね。そしてこいつは、見通しの良い空から僕を見つけ出そうと考える。そう、厄介なのは飛ばれる事だ。だから、


 家の屋根に登った僕は、蝙蝠のような羽を広げた女に向けてナイフを構えて飛び降りた。そこで初めて僕の存在に気付いた女が、咄嗟に首や心臓といった急所を守るように体を捻る。


 残念ながら、狙いはそこじゃないんだよ。


 銀粉をまぶしておいたナイフが、女の右の羽を切り落とした。


「ギャアッ」


 太陽の元、能力の低下している吸血魔族はすぐには身体再生が出来ない。そして吸血魔族の羽は飛行を司る魔道器官、無ければ空を飛ぶことは不可能。全て事前に調べておいたことだ。


「こんにちは。ゴブリンみたいな悲鳴だね、お姉さん」


「人族ごときが、私の体に傷を付けたな!許さないわ、ただ殺すだけじゃ飽き足りない。魔物達の慰みものにしてズタボロになってから、体中をゆっくりと切り刻んでなぶり殺してやる」


 おぉ、怖っ。でも良い感じに頭に血が昇ってるね。それでも優位なのは自分だっていう意識プライドはありがたい。

 何が何でもどうやってでも僕を殺すという純粋な殺意じゃない。腹が立つから捕まえてからいたぶって殺すというその驕り。殺す方としては実にやり易いよ。


「良い天気だ、少し鬼ごっこでもしないかい?」


 僕は素早く踵を返し、森の中に飛び込んだ。

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