勇者になった彼、宿に戻る

 約束の3日が経ち、俺とリアは冒険者ギルドの応対室で再度ギルドマスターと対面していた。


「悪い遅くなったな、アリシア嬢に坊主。時間がないからさっさと本題に入ろう。例の件だが……」




 俺とリアはギルドマスターとの話を終え、宿へ帰るため裏通りを歩きながら、これからの方針について話す。


「まさかギルドにまで魔族の手が伸びてるとは…俺のことも敵にバレてるみたいだし」


「えぇ、ですが協力は確約してくれました。情報の共有に、大氾濫への備え。そして吸血魔族の討伐も協力すると」


「ギルドマスターは、数日以内に吸血魔族に動きがあるかもしれないって言ってたな」


「何か情報を掴んでいるのでしょうね。ストラストの連れてくる援軍が、間に合えば良いのですが…動きがあれば手紙を届けてくれるそうですし、私達はいざという時に備えておきましょう」


 宿に戻ると、そこにカルミアの姿が見当たらない。


「あれ、カルミアは?」


「カルミアは、傷も癒えてきたからリハビリがてら鍛練をしたいと街の外に出ています。ついでに大氾濫の予兆がないかの確認も頼んでいるのですが、確かに帰りが遅いですね」


「カルミアはリアの護衛だろ、側にいなくて大丈夫なのか?」


「今はマコトもいますから」


 そんな期待されても、俺自身は大して強くはないんだけど……


 リアの言葉に反応するように、フワリとラーヴァが姿を現す。


「こんな弱っちいのじゃ頼りあるまい。今までマコトが見せた力は、全て儂の力じゃぞ。儂を頼れ、儂を」


「弱くて悪かったな、ついこの間まで、戦いのたの字も知らない学生だったもんで」


「お主には儂抜きでも吸血魔族くらい、簡単に倒せるようになって貰わぬとな」


 吸血魔族って数が少ない代わりに単体でもAランクの魔物を凌ぐ、下手をすればSランクの魔物に匹敵する強さとかなんとかって聞いたけど……

 あのランク試験の試験官をしてた女性がCランク。それを2つ上回る、Aランク冒険者並みの実力がないと戦えない相手だよな。


「俺、そんな強くなれる気がしないんだけど」


「何を弱気なこと言っているのじゃ。お主は勇者なんじゃろう?であれば才は与えられているはず。儂の力も合わせて効率的に鍛練に励めば、3年も掛からん内にお主だけでも吸血魔族くらい倒せるようになるわい」


 そんな無茶な……


「そんな無茶な、という顔をしておるな」


 何故バレた?!


「お主は思っていることがすぐに顔に出るのう。どうも腹芸の才は与えて貰えなかったらしい」


 俺とラーヴァのやり取りにリアがクスクスと笑う。


「すみませんお二人の会話と、マコトの表情がコロコロ変わるのが面白くて。安心して下さい、マコトは強くなれますよ。多くの魂を見てきた私が保障します」


 そんな風に笑顔で言われると…強く、か。

 よしっ、ギルドマスターからの連絡を待つ3日間で、この世界の常識や基本的な知識は覚えたし、


「じゃあ早速鍛練しよう!ラーヴァ、まずは何をすれば良い?やっぱり素振りか?」


「確かに素振りは全ての基本、しかしそれは筋力や体幹を鍛え、自身の体を思い通りに動かせるようになる事が目的の大部分を占めておる。必要ではあるが継続してこそ、結果が出てくるものじゃ。すぐに最低限動けるようになりたいなら、やはり打ち合いで目を慣らすのが一番なんじゃが。お主らが必要時以外宿から出ないようにしている以上、それも難しいのう」


 やれやれ、というようにラーヴァが首を振る。


「じゃあ、吸血魔族がどうにかなるまで俺が出来ることは無しか……」


「そんなことはないぞ、魔法の鍛練をすれば良い。剣術の方はいざとなれば儂がお主の体を操ってフォロー出来るが、お主が使えぬ魔法を、発動させることはさすがに無理じゃ。儂が使える魔法は限られておるしの」


 魔法、遂に魔法か!


「お主の魔法適正であれば、魔法の中でも簡単な術は1日とかからず使えるようになるじゃろう」


「魔法であれば私もお手伝い出来るかもしれません」


 リアも頑張りますよと、ぐっと両手で小さくガッツポーズをする。


 俺も少し楽しみにしてたんだよな、魔法。正に異世界って感じするし、頑張ってみるか。


 カルミアが帰って来たのは、それからすぐの事だった。




 それからまた2日後の明け方、状況が一変する事態が起きる。


 宿の入り口の扉がガチャリと開く。ロビーで素振りをしていた俺が警戒してラーヴァに手をかけた時、傷だらけの兵士が1人崩れ落ちるように宿に入ってきた。


「っ?!大丈夫ですかっ?」


 兵士?リアに向けられた刺客…って訳じゃなさそうか。


(ラーヴァ、前みたいに俺の魔力を使ってこの人に治癒魔法を使ってくれ!)


(無駄じゃな)


(何で?!)


(この者、もう命が尽きかけとる)


(そんな……)


「ストラストさんに…伝えて…伯爵様が…危険…殺され……」


 荒い息、消え行く意識の中、兵士は必死に俺の方へ手を伸ばし、絞り出すように小さな声でそう言って力尽きる。


 まずは2人に伝えないと。


 リアとカルミアを呼び、兵士が言い残した事をそのまま伝える。


「間違いありません、伯爵家の兵です。私も面識があります」


 リアの表情には悲しみと焦りが浮かんでいる。前者は、顔見知りであった兵士の死に対するものだろう。そして後者は、


「この人は伯爵様が危険だ、殺されるって言ってたけど、伯爵様ってリアの…」


「…はい。私の父です」


「じゃあ助けに行かないと!」


「そうですリア様。隊長を待ってなんかいられません。今からでも」


「それは、出来ません」


 リアは目を伏せ、俺達の提案を却下した。


「相手が吸血魔族なら、私達が館に乗り込んでも返り討ちに合うだけです。まずはギルドマスターに話をしに行きましょう」


「リア様っ、それでは伯爵様が!」


「父は、領主です。この街を命を掛けて守る義務があります!私達がまず一番に考えないといけないのは、父の安全よりこの街を守ることです」


 覚悟を決めたその言葉に思わず口をつぐむ。


 凄いな、貴族の覚悟ってのは。でも、助けられるのなら助けた方が良い。家族を失うのは本当に辛いから。


「じゃあ早くギルドに行こう。早ければ早いほど、伯爵様も助けられる可能性は高まる」

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