ギルドマスターである彼の苦悩
調査結果の報告を聞いた後、俺は部屋で信頼のおける冒険者達へ討伐作戦参加依頼を伝えられるように手筈を整えていた。
フウ嬢ちゃんに指名依頼を出して正解だった。アリシア嬢とマコトの坊主から話を聞いた瞬間、ギルドに登録したばかりの嬢ちゃんが頭に浮かんだ時は、さすがに自分の直感を疑ったもんだが…我がことながら特殊能力ってのは凄まじいもんだな。
フウの嬢ちゃんが吸血魔族の片割れを殺し、そこに集まるゴブリンとオークの大軍を討伐出来れば、この街の滅びを回避する一筋の可能性が生まれる。
そちらは大丈夫だろう。何せこの直感が外れたことはない。
ならば俺がやるべきことは、この街に潜んでいるというもう1匹の吸血魔族をどうするかだ。
万が一にも今回の作戦を勘づかれでもしたら全ての希望が潰える。アリシア嬢達と面会する前にもう一手打っておくべきか。
「あれ、ギルドマスターお出かけですか?」
「あぁ、少し領主の館まで行ってくる。例の件は頼んだぞクーリ」
「えぇ任せて下さい、
そう言ってクーリは、普段は見せない何処か闘争心を感じさせるような微笑を浮かべた。
ジャックか、こいつに名前を呼ばれるのも久しぶりだな。
俺はギルド所有の馬車に乗り、領主の館を訪れる。
「止まれ、ここはクレア伯爵様の館だ。名を…ってギルドマスター?」
「あれ、ギルドマスターお久しぶりです」
領主の館の門番をしていた2人は、冒険者上がりで領主の館に雇われた兵士だった。
「あぁ、お前達か。無事ここに就職出来たんだな」
「えぇ、護衛依頼を多く達成していたのが評価されたようでして」
「それでギルドマスターは、何のご用で?」
内密だからと隠すことは簡単だが…いや後のことを考えたら、下手に隠すより話した方が信憑性は増すか。
「これはすぐに公開される話だが、実は冒大氾濫の予兆らしきものが確認された。本当に大氾濫が起きるのならば
「そんなことが?!いざとなったら俺達も参戦しますから、声かけてください」
「どうぞ、ギルドマスター。通って良いですよ」
2人には利用するようで悪いが、これで噂はゆっくりと広まるだろう。
「あぁ、すまんな」
「それでジャック殿、今回はどんなご用向きで?」
館の貴賓室で俺を出迎えたのは、領主の補佐官だという燕尾服の男だ。俺は今までにも数度、伯爵様と面会しているがこんな男は見たことが無かった。
「伯爵は?」
「ロカ様は体調を崩して床に伏せっております故、現在は私ヴラが領主代行を勤めております」
ただの補佐官が領主代行?
ふと部屋の隅に立つメイドへと目をやるが、気にする様子は全くない。
やはりアリシア嬢が話していた通り何かがおかしい。この補佐官とやらが怪しいが…見た目はどう見ても人族だ。吸血魔族は、羽は隠すことは出来るが、白い肌と鋭い犬歯はどうにも出来ないはず。一体何者だ?
いや、今は異変をこの目で確かめられただけで十分か。吸血魔族がこの館に潜んでいる可能性は高いだろう。
「どうしたのですか、ジャック殿。何か用事があっていらしたのでは?」
「いや、事が事なので伯爵様に直接お伝えしたかったのですが、床に伏せっているのでは仕方ないですな。今から話すことは、後でヴラ殿から伯爵様にしっかりと伝えておいて貰えますか」
「えぇ、承知しました。して内容は」
「実は大氾濫の予兆らしきものが確認されました」
「ほう、それは大事ですな。冒険者ギルドはどう対応するのですか?やはり大規模な調査を?」
怪しいと思って見ると、どうも全てが芝居臭く感じてしまうな。
「いえ、もう街のすぐ近くで魔物が確認されています。しかし幸いにも、大氾濫の予兆として確認された魔物はEランクやDランクがほとんど。明日にでも大氾濫が起きる可能性がある以上、冒険者ギルドとしては下手に戦力を分散させず、ほとんどの冒険者達を街の周りに集め、防衛体制を敷くべきだと考えています」
「なるほど、確かに高ランクの魔物がいないならば、冒険者達をかき集めれば対応出来ますからね。ふむ、それが良いでしょう」
高ランクの魔物がいない、ならな。やはり怪しい、伯爵やその側近に、ろくな調査もせずこんな杜撰な対応を提案すれば苦言が飛んでくるのが当たり前だ。
とはいえ調査が上手くいかず情報が足りなかった場合、俺が防衛戦を選んでいた可能性も無くはないか。本当に、フウの嬢ちゃんがあのタイミングで現れたのは不幸中の幸いだったぜ。
「そこで、大氾濫に対する依頼を伯爵様名義で用意して頂きたい。大氾濫が確実と判断出来た時点で、緊急依頼として発布しますので」
「承知しました。依頼と、冒険者達への報酬を用意しておきましょう。もし更に戦力が必要となれば、伯爵家の兵士達も協力いたします。お申し付け下さい」
「それはありがたい。もし大氾濫の規模が予想以上で、冒険者のみでは手が余るような場合は力をお借りします。まぁそんな心配は無いでしょうがね。何せここ数十年の間に大氾濫は数度起きていますが、どれも冒険者達のみの力で解決出来ておりますから」
「えぇ、この街の冒険者達は実に頼りになりますな」
領主の館を後にした俺は馬車の中で、窓に流れる貴族街の風景を見ながら思わず苦笑いを浮かべる。
全く、我ながら笑顔を取り繕うのが上手くなったもんだ。ギルドマスターになって、こんな腹芸ばかりが上達してるのを感じるたび、難しいこと考えずに思いのまま仲間達と駆け抜けたあの日々が懐かしくなるな。
とはいえ、これも俺が選んだ道だ。今更引き返す訳にもいくまい。まだまだ仕事はたくさんある。昔を懐かしんでいる場合じゃないか。
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