殺し屋だった彼女の調査報告

 街へと戻った僕は、調査結果の報告のため早速冒険者ギルドを訪れる。


「あ、おはようございます、フウさん。今日は何の御用ですか?」


「どうも、クーリさん。ギルドマスターはいるかい?少し話が合ってね」


「ギルドマスターなら執務室にいらっしゃると思います。今、取り次ぎますね」


 さて調査の仕事は、このままギルドマスターに報告すれば完了だけど、暗殺の方はどうすべきか。話を聞く限り、一番の黒幕である吸血公ドラクとやらは、まぁ僕の手に余る。あの吸血魔族の女ですら暗殺にはかなり苦労しそうだ。更にこの街で暗躍している吸血魔族は、もう1人いるときた。


「ギルドマスターは応対室で待っているそうです。案内は……」


「いや大丈夫だよ。この間案内してもらったばかりだからね」


 2人の吸血魔族は連絡を取り合ってるみたいだし…というかあれ何を使って話してたんだろう。やっぱり魔道具ってやつかな?


 連絡手段がある限り一方の暗殺に成功したとしても、連絡が取れなくなったもう片方は警戒する。そうなれば暗殺は困難を極めるだろう。


 2人とも殺すというのは僕には難しいかな。依頼についてもう一度ギルドマスターと話す必要があるね。


「おう嬢ちゃん、その様子からしてとりあえずある程度の成果は期待して良いか?」


「あぁ聞いて驚けって感じさ。色々と面白いことが分かったよ」


 ギルドマスターも予想していないであろうことが、沢山ね。


 僕の満面の笑みに、ギルドマスターは心底嫌そうな顔をする。


「こんなに楽しみじゃないドキドキ感は初めてだぜ。じゃまずは大氾濫の規模について分かったことはあるか?」


「規模については、知性の低い魔物達、多分獣型の魔物が中心かな?こっちは明確な数は分からないけど、多分この街の冒険者達が総出で対応する必要があるくらい。加えてゴブリンが500、オークが200、トロールが20が集められているみたい」


 ギルドマスターがハァと大きくため息を吐いた。予想はしていたが、当たって欲しくはなかったのだろう。


「それはまた、厳しいな」


「更に、これにAランク以上の魔物が1体以上加わる可能性が高い」


「Aランクの魔物まで出てきたら冒険者だけじゃなくこの街の騎士団も全て動員したとしても…今の話から最悪な気がするから聞きたくはないが、原因については何か分かったか?」


 今考えてるであろう最悪を、優に上回る事が分かったんだよねぇ。


「原因は予想通り、吸血魔族だったよ」


 そうだよなぁと、項垂れるギルドマスターは、


「ただ今回の大氾濫の裏には"夜の厄災"とやら命令で動く吸血魔族が2人いる」


 続く僕のその言葉に、大きく目を見開いて「は?」と間抜けな声を挙げた。


 わぉ、期待通りの反応。


「どういうことだ嬢ちゃん!」


「どういう事も何も言葉の通りさ。まずはどうやってか、街の外で魔物達を集めている女の吸血魔族が1人。そしてこの街の中にもう1人、男の吸血魔族が潜んでるみたい。更にその2人の裏には、ギルドマスターが話してた吸血公ドラクとやらがいるらしいよ」


「…まずい、まずいな。だとすればもし大氾濫が起こった時点で、この街は詰みだ。吸血魔族が1体なら絶望的ではあるが、どうにかなる可能性はある。しかし2体いるとなると話は別だ」


「そんなにかい?」


「あぁ、この街で吸血魔族相手に戦えるだろう戦力は、Aランクの冒険者が1人、グレイ騎士団の団長、元Aランクの俺、嬢ちゃんを入れたとしてもこの4人だけだ」


 えっ、僕も戦力に数えられるの?どうしようもない状況に陥ったなら僕は逃げる気満々なんだけど。


「只でさえ大氾濫に対する戦力も足りてない、というのにだ」


「それで依頼についてだけど」


「報酬か、まぁ嬢ちゃんにとってはそっちが一番大切かもな」


 いや暗殺の方をどうするかの話なんだけど。そんなわかってるぜ、みたいに苦笑いされても…深刻な話してる相手に、報酬早くしろって急かすような奴だと思われてるのかい僕は。

 全く、僕は地球では礼節を弁えた信頼のおける殺し屋として有名だったというのに。


 なんか地球の知り合いが、すごい剣幕で怒ってる様子がふと頭に思い浮かんだんだけど。何でだろう。まぁ良いや。


「ギルドマスター、暗殺の話だよ暗殺」


「あぁそっちか、調査結果が衝撃的過ぎて忘れてたぜ。相手が相手だ、そっちの話はな「片方だけなら、殺せると思うよ。少なくともあの女の方なら、苦労はしそうだけど殺すのは不可能じゃない」


「…本当か?さすがに後から冗談でした、じゃ済まされないぞ」


 だからギルドマスターの中で僕はどんな人間だと思われてるのさ。僕は空気を読むことに関しては、右に出るものはいない殺し屋だよ、全く。


 また地球の知り合いが(以下略


「出来る。2人共は無理だけどね。それでどうするんだい?」


「十分だ。依頼内容は魔物達を集めている吸血魔族の暗殺に変更。報酬は白金貨を2枚追加。ただし、決行日はこちらで決めさせてほしい」


「それはちょっときついかな。事前準備も必要だし、暗殺対象に隙が出来るまで何日間も待つこともある」


「なら、相談しながら決めるという形ならどうだ?吸血魔族の暗殺に合わせて、集められた魔物の討伐を行いたい」


 大氾濫が起きて吸血魔族2人が襲ってきたらこの街は終わり。しかし今なら僕が持ち帰って来た情報がある。厄介な吸血魔族の暗殺と同時に、大氾濫の規模を小さくしたいという訳か。

 確かに、それが出来れば盤面はひっくり返るかもしれないね。


「そうだ。多分ギルド関係者の中に敵と通じてる内通者がいるよ」


 あれ、こっちの情報はあまり驚かないのか。


「俺も色々と調べていてな。そっちは予想していた」


 なんだ、つまらない。


「まぁ良いや。じゃあ詳しい相談と行こうか」


 それから1時間程掛けて、僕とギルドマスターは作戦を詰めていく。


「うん、それで行こう。作戦決行は3日後。魔物討伐に当たる冒険者は例の集落の近くに待機。僕が吸血魔族の暗殺に成功したら狼煙を上げて、それを合図に魔物の討伐を開始。もし5日経っても狼煙が上がらなかったり、待機中に大氾濫が始まってしまった場合、暗殺失敗として討伐隊は撤退。これで良いね」


「あぁ、この作戦もこの街の命運も全ては嬢ちゃんに掛かってる。よろしく頼むぜ」


 ギルドマスターの顔は、今までに無いほどに真剣だ。


 正直、街の命運とかは心底知ったことじゃないけど、まぁ受けた仕事はしっかりとこなすさ。死神の名に懸けてね。


「そういえばギルドマスターはなんで、冒険者になったばかりで、出自も何も分からない僕をそんなに信用するんだい?」


「試験の時に戦ったがゆえの直感さ。おれの勘は外れたことがないんだ。調査の報酬は下のクーリから受け取ってくれ」


 やっぱり脳筋だよね、ギルドマスター……

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