殺し屋だった彼女による調査・Ⅱ

 地面に残る痕跡を辿り、注意深く進んで行く。シンと静まり返る森を歩き続け、僕がその場所にたどり着いたのは、もう日も暮れ辺りが暗くなった頃だった。


 今の風、音…近くに開けた場所があるね。それにしてもだいぶ森の奥まで踏み込んできたけれど、魔物1体にも出会わなかったね。常に周りの気配に気を張ってたのに、骨折り損だったかな?…いや、そうでもなさそうだ。この先の開けた場所の手前に何かがいる。けっこうな数だ。


 音を立て無いようにスルリと木に登り、枝から枝へ移動する。そして見下ろした先にいたのは、ピンク色のブヨブヨとした皮を持つ人形の魔物だった。


 あれがオークか。思っていたほど豚面ではないんだね。横に一定感覚で並んで、見張りでもしてるような。これは当たりを引いたみたいだ。


 この先の開けた場所、そこに何か決定的なものがあるのは間違いないだろう。


 けど、もう夜だからなぁ。


 夜は僕にとって得意な時間であると共に、この件に関わっているかもしれないという、吸血魔族が真価を発揮する時間でもある。


 もしこの先に、吸血魔族がいるんだとしたら危険だ。あのギルドマスターが、1人では絶対に戦いたくないって言うくらいだからね。真正面から戦いになるのだけは避けたい。とりあえず、まずはこの先に何があるのかだけ見てみようか。


 木の枝を伝って進み、木の葉の隙間から先の開けた場所を伺う。


 ここからなら見えるかな。集落?廃村か何かみたいだけど、それにしては家々が整備されてるような。


 瞬間、バサバサという何かが飛来する音に、僕は幹の影に身を隠した。

 音の主はどうやら僕の存在には気が付かなかったようで、木の下に着地し、


「あんた達、ちゃんとやってるんでしょうね」


 そう言いながらオークの方へ近付いて行く。


 蝙蝠のような羽、病的なまでに白い肌、喋った時に見えた鋭い犬歯、その女は話に聞いていた吸血魔族そのものだった。


 確かに、これは正面切って戦いたくはないね。見ただけで分かる、ヤバい相手だ。さて、どう殺すか。何にせよもう少し情報が欲しいかな。


「いい?ここに近付く生き物がいたら問答無用で殺しなさい。鼠一匹でも通したら、あんた達全員ゴブリンの餌にするわよ」


 女のその言葉にオーク達は「「「ブグゥ」」」と揃って返事をした。


 あの集落に何があるのか調べるにしても、あんな怪物女が活発に動いている夜は危険すぎる。吸血魔族の力が弱まるという日中まで待つとしようか。僕も多少動きにくくはなるけど、リスクを考えれば仕方ない。




 木の上にじっと隠れ潜む。ゆっくりと朝日が上るにつれ、集落を飛び回ってたあの女も鳴りを潜めていた。


 まだ薄暗い、今がチャンスかな?


 オーク達の視線が逸れた瞬間を見計らい、音を立てないように素早く集落へ侵入する。集落の中に入ってからは建物の影や草葉の影に隠れながら、最後に女が姿を消した方向けて進んで行った。


 あの家の周り、何かに警戒するみたいにゴブリンが大量に歩き回ってる。ということはあそこか。ゴブリン達が邪魔だなぁ。


 拳大の石を拾って、建物の裏に隠れる。そして僕は空を見上げ、じっと時が来るのを待つ。数分、数十分、遂に一時間近くが経過しようという時、そのタイミングは訪れた。勢い良く手を振りかぶり、石を空に向けて投げつける。


 森に魔物の気配はなかったけど、鳥の声だけはずっと聞こえ、木々の上を飛び交っていた。必ずこの集落の上も通ると思ってたよ。


 石は森から飛び立ったばかりの鳥の頭を直撃していた。


「ギャウ?!」「ギャウギャウッ」「ギャッギャッギャッ」


 失神した鳥が集落の建物に墜落するドンッという音に、ゴブリン達はざわめき、急いで駆けて行く。


 上手くいったね。今のうちに。


 その隙をつき、僕は例の家に併設された馬小屋に転がり込んだ。そして壁に耳を当てて隣の家の様子を伺う。


 さっきの女の話し声が聞こえてきた。


「…っと待ってなさい。ゴブリン達が騒がしいから様子を見てくるわ」


《そうか》


 そんな会話の後、バタンッとすぐ隣で家の扉が乱暴に開けられる。


「一体何の騒ぎよ!」


「ギャッ、ギャウギャウギャア」


「何それ、鳥の死体?鳥が落ちてきたぐらいで騒いでたのかしら、そんな程度で私に面倒を掛けさせたの?」


 そう言って女は、問答無用で報告にきたゴブリンのことを斬り捨てた。


「ギャッギャアッ」


 そしてゴブリンの断末魔を鼻で笑うと、何事もなかったかのように家の中に戻る。


 うわぁ、こわっ。絶対上司にしたくないタイプだね。まぁ僕は会社に勤めたことは無いけれど。


 隣の家からは、またすぐに会話が再開された。


「なんでもないわ。それで侵攻はいつにするの?現状はさっき言った魔物達に加えて、最低限命令が通じるのはゴブリンを500、オークを200、トロールを20集めてあるけど」


 それはまた、凄い数だね。


《まだ、足りないな》


「はぁ?十分でしょう。まず命令の通じない魔物達をけしかけて冒険者達を街の外に誘き出す。その間に外壁の街門をあなたが開けて、こいつらを街の中に攻め混ませる。更に私と腐っても吸血魔族のあなたもいるのよ。街1つくらい簡単に滅ぼせるわ」


 なるほど、そういう企みか。にしても裏にいる吸血魔族は1人じゃなかったのか。この女レベルがもう1人いるとは、随分と恐ろしい。


《この街にはAランク冒険者が1人いる。そいつを街の外に留まらせておきたい。元Aランクだという冒険者ギルドのギルドマスターと組まれると面倒だ》

 

「私達が1人ずつ相手すれば良いわ」


《いや私は勇者の相手をする》


「勇者?勇者がその街にいるの?!」


 初めて女吸血魔族が声を荒げた。


《あぁ神剣を持った勇者がな。神剣は厄介だ。勇者が未熟なうちに殺し、神剣は破壊ないし封印すべきだろう》


 神剣を持った勇者って…あぁ、あの少年の事か。へぇ勇者なんだ、凄いね彼。勇者が何なのかはよく知らないけれど。

 というか、そんな情報まで伝わっているのか。僕の事はバレてないだろうね……


「ハァ、分かったわ。全く、ドラク様の命令とはいえ、私がなんであんたみたいのに協力しないといけないのよ」


《それは私のセリフだ。街を一つ落とす程度、私1人で十分だったというのに》


 そしてこいつら2人に命令しているドラク、これはギルドマスターが言ってた厄災か。

 この辺で一度、情報持って街へ戻るとしよう。下手に欲をかいて帰れなくなると困る。

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