殺し屋だった彼女と指名依頼

「おぉ来たか嬢ちゃん」


 案内された部室ではギルドマスターが優雅に紅茶を飲んでいた。山賊の頭のような見た目のギルドマスターが、小さなティーカップで紅茶を飲んでいる光景は非常にシュールである。


「紅茶似合わないねぇ」


「顔合わせて早々に失礼だな」


 そう言えばあんまり気にしてなかったけど、ギルドマスターの名前はなんて言うんだろう。さっきクーリさんの名前聞いたから何か少し気になるなぁ。


「そういえばギルドマスターって名前はなんて言うんだい?」


「また唐突だな、俺の名前はジャックだが」


 …似合わないな、どちらかというとジャックというよりオーガみたいだよね。


「何か嬢ちゃん、更に失礼なこと考えてないか?」


「いや全く。そんな事よりギルドマスターから僕に話があるって聞いたんだけど」


「名前聞いといて、結局ギルドマスター呼びは変わらないのな…まぁ良い。実は嬢ちゃんに指名依頼を出したい」


 指名依頼は依頼人が特定の冒険者個人を指定し依頼を申請、ギルドが指名された冒険者に依頼達成能力があると判断した場合その冒険者に依頼を回す制度のこと…とさっき図書館で読んだ。


 でもギルドマスターが新人冒険者に指名依頼って、それ問題ないのだろうか。


「なんで僕なんだい?」


「そりゃあ指名依頼ってのは適材適所に人材を当てたいから依頼するもんだろ。今この街のすぐ近くで、大氾濫の予兆が観測されている。実際に大氾濫が起こるとなれば、規模によってはこの街の危機だ。更に、それが人為的に引き起こされている可能性もあるようでな。あ、これオフレコだぞ」


 そう言ってギルドマスターは、シーと口の前で人差し指を立てる。


 なんか、ギルドマスターがやるとこのジェスチャーも全然可愛げがないね。それで大氾濫?話の流れからして魔獣の大量発生か何かかな。というか、


「オフレコの情報、そんな簡単に話しちゃって良いのかい。僕がその情報悪用するかもしれないよ?」


「嬢ちゃんはそういう策謀を張り巡らせるタイプの面倒くさい人間じゃないだろう?実際戦ったからなんとなく分かるんだ。そもそも依頼を受けて貰えば良いだけの話だ」


 ジギルドマスターの目が僕に同類だろ?と語り掛けている。


 失礼な、僕はバリバリの頭脳派だというのに。


「指名依頼の内容は大氾濫の規模と原因の調査」


 うーん、そうじゃないかなとは思ったけど、正直あんまり引かれない内容なんだよねぇ。


「悪いけどギルドマスター、僕はその依頼は断わ「加えて、大氾濫が人為的なものであった場合、可能であるなら原因のだ」


 その言葉を発せられた瞬間、部屋の空気がピシリと張り詰める。ギルドマスターは額に冷や汗をかきながらもふてぶてしい笑みを浮かべた。


「へぇ、いつ気付いたのかな?」


「最初は歩き方や戦い方から斥候タイプかと思ってたが、それにしちゃ違和感があった。それでふと思い出したのさ嬢ちゃんの纏う雰囲気というか、迫力ってのは裏社会の者達のそれに近いってな。まぁ確信したのは今だがな。そっちが素か嬢ちゃん?」


 鎌をかけられたのか…まぁ良いや。


「素も何もないさ、ただ少し仕事モードなだけ。それで他の情報は?まだ何か隠してるだろう、それを明かしてくれないと受けられないな」


「これ以上は本当に最重要な秘匿情報だ。依頼を受託しないならば教えられん」


「良いかいギルドマスター、暗殺において最も大切なものは、戦闘力でも暗殺の技術でもない、情報なんだよ。情報を集めて入念に準備を重ね、期を待つ。それが暗殺だ。先にそれを開示してくれないと僕も安心して依頼を受けられないな」


 睨み合いで先に折れたのはギルドマスターの方だった。それもそうである。こういう時僕は絶対に折れない。


「あぁもう仕方ねぇ、どうせ事実ならいつかバレる話なんだ。今回の件、吸血魔族が関わっている可能性が高い。厄災本体がいる可能性は低いと思われるが、上級の吸血魔族が裏にいる可能性がある」


 厄災?なんかそれも図書館で目にした気がするな。見たのは今日じゃなくて一昨日だったと思うけど。何か凄まじく強いんだっけ。


「なんでその厄災はいないと言えるんだい?」


「吸血魔族の厄災である吸血公ドラクは、夜の厄災と呼ばれている。それは奴が夜を背負っているからだ。奴が現れれば一帯は夜に包まれる。今この街は明るいだろう。そういうことだ」


 夜を背負ってくるって…意味が分からないけど確かに凄まじいね。まぁそんな化け物がいないならそれに越したことはない。ヴァンパイア、地球でいう吸血鬼の暗殺か…これは面白そうだ。


「良いよ、その仕事報酬次第で受けようか」


 ニヤリと笑みを浮かべた僕にギルドマスターは、ほら見ろ俺と同類じゃないか、と言わんばかりの視線を向ける。


 一緒にしないで欲しい。僕は強い相手に対して馬鹿みたいに正面から戦う戦闘狂じゃない。


「依頼な、依頼。まず調査の期間は今日を含めて3日間、報酬は白金貨2枚。そして魔道具である収納袋。これは知ってるだろうが、内部拡張型の袋の魔道具だな。C級でそれなりにやってる冒険者なら大体持ってる一般的なものだ」


 いや、今初めて知ったけど…所謂四次元ポケットみたいなものね。そんなんが一般的って凄いな魔法のある世界。


「で、こっちが本命、暗殺の方だがこちらの期間は、大氾濫が起きるまで。成功報酬は白金貨3枚に加えて、この魔道具だ」


 そう言ってギルドマスターが取り出したのは、何の変哲もない銀色の腕輪と同色の丸い球だ。


「それは?」


「よくぞ聞いてくれた。これは引き出しの魔道具でな、この球を収納袋に入れ腕輪を付けていると、魔力を通すことで収納袋の口を開けなくても一瞬で、中から望みの物を出したり仕舞ったり出来る代物だ。どうだ嬢ちゃんにぴったりだろ?」


 確かにそれは凄く便利そうだね。白金貨の正確な価値はよく分からないけど、高いことに間違いはなさそうだし。


「分かった。その報酬で良いよ。ただ1つ、欲しい物があるんだけど…」




 意気揚々とギルドを出る。


 早速準備を進めないとね。この世界に来て初の仕事だ。吸血魔族に関する情報はギルドで貰ってきたし。けど情報が書いてあるこれ、皮かな?読みづらい……

 これを読み終わったら調査と暗殺のための道具を買い揃えて、あとは多少なりとも魔法も使えるようになっておきたいね。


 今日で準備を終わらせて、明日からは本格的に街の外に調査に出るとしよう。

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