勇者になった彼とランク試験

「ではこちらでお待ち下さい」


 受付嬢は俺と目を合わせることもなく、無表情のままそれだけ言って訓練所を出ていく。


 訓練所には俺と同じような新人冒険者達が7人。少し離れたところにガタイの良い強面の中年男性が1人、その男性と話す青年が1人いた。


 多分、あの中年男性がギルドマスターだろうけど、こんな人がいる場所で事情を話すわけにもいかないし、試験直前の今に内密な話をしたいと言っても聞いて貰えないだろうな。試験が終わった後に話しかけよう。


 なんとなしに、新人冒険者達に目をやる。自信ありげにニヤニヤと剣に触れている男や、緊張してオロオロとする少女など、同じ新人と言っても人それぞれのようだ。


 やっぱり試験って聞くと、何か緊張してきたな。だらしないとこ見られて恥もかきたくないし、戦いに関してはド素人の俺だけど頑張らないと。


(ふむ、目ぼしい者はおらんの)


(目ぼしいって何がだ、ラーヴァ?)


(そこの者達じゃよ。皆、お主と大して変わらず弱っちいのばかりじゃ。それどころか、盗賊と命のやり取りを経験しているお主の方がまだマシじゃろう)


 そっか、皆俺と大して変わらず弱いか。


(平均点赤点のテストだから点が低くても安心しろ、みたいなあまり嬉しくないフォローをありがとう)


(クククッ。お主1人じゃ無様を見せるだけじゃろうが、安心せい儂が手伝ってやる)


(手伝うってどういうこと?)


(儂が魔力でお主の体を操る。といっても1から10まで全て操るのではないぞ、必要な時に補助するといった具合じゃ)


 そんな事も出来るのか、ラ―ヴァ。


(良いの?負けを知り自分の弱さを知れ、みたいに言われるかと思ったんだけど)


(何、お主は自分が弱いことなぞしっかり自覚しておろう。後は鍛練あるのみじゃ。必要な動きを無理やり体に叩き込むのも鍛練の1つ、良い機会じゃろう。まぁそれだけで強くとはいかぬがな)


「ギルドマスター、最後の方が来ました」


 しばらくして、さっきの受付嬢が満面の笑みで女の子を案内してくる。


 やっぱりあの人、俺と他の人で全然態度が違うんだけど。何か嫌われるようなことしたかな?


「おう、じゃあ少し早いが始めるか」


「今月の初期ランク試験受験者は9人だな。試験の内容は簡単だ。俺の隣にいるこいつと戦ってもらう。こいつは17歳でCランクになった天才だ。まぁ若干性格には難があるが…胸を借りるつもりで戦うと良い」


 そう言ってギルドマスターが隣の青年を前に押し出した。


(これは凄まじい、いやえげつないと言うべきかの)


(あの試験官の冒険者、そんなに強いの?)


(そっちではない。儂が言っておるのは最後に入ってきた女子じゃ)


(あっちの女の子?)


(あれは何と言うか、修羅じゃな。殺し殺され、そういうものに慣れ親しんだ者の血生臭い気配じゃ。あの若さでそれは、えげつないじゃろ」


 大して俺と年齢が違うようには見えないのに、一体どんな人生を歩んできたんだろう。いや、


(…この世界では不思議な事じゃないんだろうな。俺も強くならないと)


(そうじゃな。気合いが入ったようでなにより。儂としてもお主には強くなって貰わぬと困る)


 ラーヴァとそう話し込んでいる内に、ギルドマスターが試験を開始する。


「…じゃあ試験を始める。良いぞ戦う奴から前に出てこい」


「結局、そのガキを倒したら問答無用でDランクスタートってことだよな?なら早いもん勝ちだ、この俺からやらせて貰うぜギルドマスター」


 凄い自信だな。ラーヴァは最後に入ってきた女の子以外強い奴はいないって言ってたけど……


 得意げに前に出た青年は、一切歯が立たぬままいとも簡単に倒される。


 まぁ、そうだよな……


 続けざまに3人の冒険者が同じように一蹴されると、自ら戦おうと志願する人はいなくなった。


 よし、行くか。


「次は俺がやります。お願いします」




 結果から言えば、俺は試験に勝った。受かった、とか評価されたのではなく、勝ってしまった。

 と言っても、俺も何が起きたのかはよく分かっていない。

 ラーヴァの指示を聞きながら必死に攻撃を防いで、ラーヴァに言われたタイミングで無我夢中に剣を振ったら、相手が気絶してたのだ。


 これ、俺の勝利と言うか、ラ―ヴァの勝利だよな。かなり俺の意思と関係なく体が動いたし。全く勝った気がしないうえ、うしろめたさが凄い。


(ちょいと、やり過ぎたかのう)


(ちょっとじゃなくて、だいぶやり過ぎだと思う)


(……)


 そして試験官の青年だと思っていた相手が女性だったことも、何とも言えないやりきれなさに拍車をかけていた。多分本人は隠していたであろうそれが露になってしまったのも、間違いなく俺のせいである。


「おいおいマジかよ…まさかテレーゼに勝っちまうとはなぁ。可能性があるとしたら、そこの嬢ちゃんくらいなもんだと思ってたんだが」


 ギルドマスターはそう言って、例の女の子に視線を向ける。


 やっぱり、あの女の子は強いのか。


「俺も勝てるとは思いませんでした。たまたま運が良かったんですかね?」


「惚けるなよ坊主。お前の持ってるその剣、さっきの魔力放出を見る限り、ただの魔剣ってレベルじゃねぇな。神剣か?いったいそんな剣、どこで手に入れた」


 ラーヴァの事がバレた?いや、まぁさっきのを見れば只の剣じゃないことは誰でも分かるとは思うけど。


(フム、儂の隠しぬオーラが出てしまったか)


 なんでラーヴァはちょっと誇らしげなんだよ。反省しろ。


「悪い。冒険者への過度な詮索はタブーだったな。だが事によっては、それはギルドだけで収まる問題じゃない。後で応対室で話がしたい」


 何か運良くこっちの目的通りの流れになってる!


「分かりました。俺もギルドマスターにはお話があったんです」


 ギルドマスターが受付嬢を呼んで、俺を応対室へ案内するように指示をする。


「ハァ、またあなたですか……」


 露骨に嫌そうな顔された…やっぱり俺、この人に絶対嫌われてるよな。


「えっとすみません、俺あなたに何かしましたっけ?」


「いえ別に…外のお連れの方はどうします?」


「あ、一緒にお願いします」


 こうして俺とリアはギルドマスターと話す機会を手に入れた。

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