殺し屋だった彼女とランク試験・Ⅲ

 試験官がギルドマスターに変わった後も、試験はサクサクと進む。

 残る新人冒険者は僕だけだ。


「最後は嬢ちゃんだな」


 ギルドマスターはそう言って、獰猛な笑みを浮かべる。


 気のせいかな、嫌な予感が強くなったよ……


「嬢ちゃんがここに入ってきた時、すぐ周りの奴らとは違うって分かったぜ。嬢ちゃんならテレーゼを倒せるかもと思ってたんだ」


「それは光栄だね」


 あの少年との戦いを見る限り、確かに彼女に負けるとは思わないけど。


「まさか、あの坊主が倒しちまうとは思ってなかったが。ある意味ラッキーだったぜ。こうして俺自身の手で嬢ちゃんと戦えるんだからな。悪いが手加減出来ないかもしれないぜ。まぁ安心しな。死にさえしなきゃ、備品の特級ポーションで治してやるからよ。じゃあ始めようか!」


 うわぁ凄い、安心出来る要素が何もないや。この人やる気満々だし。試験だよね、これ。


「嬢ちゃんは武器は何をっ!」


 仕方ない、まずは小手調べから


 僕がこれから武器を取り出し構えるものだと思っていたのだろう。予備動作なしで投げつけたナイフに、ギルドマスターは驚愕を露わにする。


 しかしそのナイフは、あと少しというところで避けられた。


 ちぇ、やっぱりこれじゃ決まらないか。反応速度が凄まじいね。


「危ねぇ、不意討ちとはやってくれるじゃねぇか」


「いや、ギルドマスターがさっき始めるって言ったんじゃないか。悠長に話なんてしてる方が悪いのさ。それに言葉と表情があってないよ、凄く凶悪な良い笑顔じゃないか」


「あぁ確かにそうだ、その通りだ。戦場じゃ慢心や油断してる奴から死んでく。強さが全てだ。嬢ちゃん良く分かってるじゃねぇか。じゃあもう言葉はいらねぇ、存分にろうか!」


 そう言うとギルドマスターが大剣を手に、勢いよく斬りかかってくる。


 大剣の大きさと重さを感じさせないようなその動きは、体に纏う鎧の様な筋肉が全て、実用的な物である証拠だろう。


 というか、なんか今の恐ろしいこと言わなかったかい、この人?完全に殺す気じゃないか。煽った僕も悪いかもしれないけど、絶対試験って忘れてるよね。だって、ここ試験会場なのに、戦場とか口走ってたよ。


「これだから戦闘狂は……」


 ギルドマスターが振り下ろした大剣を半身で避け、ナイフで右の首筋を狙う。ギルドマスターがそれを仰け反って避けたところに、左手に隠していたナイフで追い討ちをかける。


 ギルドマスターの顔に再度驚愕が浮かんだ。


 最初にナイフを投げつけたから、1本しか使わないと思ったんだろうけど、軽率だね。何にせよ大剣は振り下ろされた状態、体勢も最悪。これで決まっ?!


 その瞬間、背筋に悪寒が走る。力任せに無理やり軌道を捻じ曲げられた大剣が、右から迫っていた。

 僕は大剣の腹に左手のナイフを叩き付けて軌道を反らし、更にクルリと体を捻りながら跳び、何とかギリギリで避ける。


「まさか、左手にもナイフを隠し持ってたとはな。全くそんな素振りはなかったから、今のは驚かされたぜ!」


「それはこっちのセリフだよ、なんで今の体勢から大剣なんて振れるのさ。ギルドマスター本当に人間かい?」


「失礼な嬢ちゃんだな、俺は正真正銘人間だっ」


 ギルドマスターがそう言いながら、こちらへ一歩踏み込みながら大剣を薙ぎ払う。僕は振るわれた大剣に向かって飛び出し、しゃがみ込むような超前傾姿勢で大剣の下へ潜る。そのままギルドマスターの股下を潜り抜けると共に、その太腿を切りつけた。


「あれ?」


 なんだ、今の硬さ。ゴムの塊でも切り付けてるみたいな。


「魔闘術って言ってな、魔力を纏うことで筋肉を硬化して、身体能力も底上げされるってスキルだ。さぁどうする嬢ちゃん?」


 ギルドマスターは狂気的な、それでいて心底楽しそうな笑みを顔に浮かべている。


「これって試験だろう、そろそろ良いんじゃないかい?」


「いや、まだ俺が満足してねぇ!もう少し付き合ってもらうぜ」


 もう試験でもなんでもないじゃないか……

 ナイフが深く入らないとなると、浅く多く傷をつけ続けて出血させるくらいしか、選択肢がないなぁ。

 こんな戦い方、あまり長引せるとまずいんだけど。


 ギルドマスターが圧倒的な力で大剣を振るう。僕がギリギリでそれを避けて斬りつける。

 その繰り返しは、さながら熊と蜂の戦いのようにでも、見えていたのではないだろうか。


 演武でもしているかのような、僕とギルドマスターの攻防は唐突に終わりを迎えた。


 あ、まずい。


 一瞬、僕の意識が揺らぎふらついた瞬間、すかさずギルドマスターはこちらへ踏み込み大剣を薙ぎ払った。

 2本のナイフでガードはしたものの、僕は10メートル近く吹き飛ばされる。


「降参だよ。そろそろ体力の限界だ」


 空中で体勢を整えて着地をし、そう言って両手を上げる。


 ちょっとこ、れ以上はまずい。は、正面からの戦闘は苦手なんだ。


「よく言うぜ、何が体力の限界だ。嬢ちゃんまだなんか隠してるだろう。だが…まぁ良いか、久しぶりに楽しめたしな。嬢ちゃん怪我はねぇか?」


「あぁ、大丈夫だよ。でもギルドマスター、途中から試験ってこと忘れてたよね」


「悪いな、こんな思い切り戦える機会なんてずっとなかったから、思わず熱くなっちまった」


「さてランク試験はこれで終了だ!結果は明日の昼に発表だからな。解散!」


 ギルドマスターは楽しかったと、たくさん遊んで満足した子供みたいな笑顔を浮かべて訓練場から出て行った。


 あの人、絶対悪かったと思ってないよね。本当に疲れたよ、主に精神的に。

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