殺し屋だった彼女とランク試験・Ⅱ

 試験官の青年は確かに実力者なようで、最初の男が負けてから3人が戦ったものの、全員が1分もしないうちに完敗していた。


 次の冒険者が前に出ると、青年がこちらに向かって初めて口を開く。


「私はお前らみたいなやつが大嫌いだ。ちょっと戦えるから、自分が強いと勘違いして調子に乗る。周りの人の足を引っ張り、邪魔をして、危険にさらす。冒険者は毎日のように命をかけて戦っている。私と少しも打ち合えないお前らが、魔物と戦えるなどと思い上がるなよ!」


 性格に難があるってこういうことか…苦手なタイプだなぁ。


「お、俺だって命かける覚悟くらいある!村に出たゴブリンだって倒したんだ」


 青年の言葉が我慢ならなかったのか、1人が前に出て言い返す。だが、それは青年の機嫌を更に悪くしたようだ。


「村に迷い混んだはぐれのゴブリンを狩ったくらいで調子に乗るな!」


 青年がその新人冒険者に声を荒げる。


「まぁ落ち着けよテレーゼ。そいつらが戦えるかは俺が判断するって言ったろ」


「ですが、ギルドマスター!」


「まだ試験は残ってるんだ。戦えるやつだっているだろうよ」


 そう言ってギルドマスターは僕の方をちらりと見た。


 何でこっちを見てニヤニヤしてるんだろう。何か背筋がゾクリとしたんだけど。


「分かりました。ギルドマスターがそう言うなら」


 まぁ良いか。次は、あの時の少年…近くで見れば、彼が盗賊達を一蹴した時の違和感が分かるかな。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 新人冒険者達のランク試験、私はその試験官に指名された。

 私はグレイのギルド史上最年少でCランクになり、天才等と呼ばれはいるものの、ここ最近実力が伸びず悩んでいる。そんな私に余計な事をしている余裕は無い。故に実力は足りず、覚悟も中途半端、そんな新人達の相手をして何になるのかと食い下がったが、お前の糧にもなるだろう、というギルドマスターの言葉を信じて指名を受ける事にした。


 しかし結果は予想通り、実力も覚悟も全く足りていないのに、根拠のない自身だけはある新人達を見て、私は落胆した。今すぐにでも鍛錬に戻りたい。


 次に前に出てきた少年は、仕立ての良い服に煌びやかな剣を携えている。貴族の子どもの道楽と言ったところだろうか。この少年も今までの新人と同じかそれ以下だろう。


 そして試験が始まって、私は酷く困惑していた。目の前の少年があまりに異質だったのだ。

 身体能力は多少高いようだが、動きや足運びを見る限り戦い慣れてない素人もいいところ。私その少年では圧倒的な実力差がある。今までの冒険者達と同じように勝負は一瞬でつく。そのはずだった。


 なのに、少年はまだ立っていた。動きはド素人なのに何故か押しきれない。勝負が決まりそうな攻撃は全ていなされるか避けられている。

 少年はあまりにちぐはぐだった。まるで、すぐ側で経験豊富な実力者が手取り足取り指示を出しているかのようだ。


 くっ、からくりが分からない。何故決定的な一撃が入らない。技量は私の方がずっと上なのに。私は血の滲むような鍛錬を重ねて、ここまで上り詰めたんだ。こんな戦いも知らなそうな素人の新人に、なんで攻撃が当たらないっ!


 酷い焦燥感に襲われ、自分の動きにムラが出始めた事に気付く。しかし自覚はしていても焦燥感は募っていく一方だ。


 その時、一旦距離を取った少年がポツリと何かを呟く。その瞬間少年の剣が光を放ち、私は何かを叩きつけられたように吹き飛ばされる。 


「いったい何が……」


 何が起きたのか分からないまま、私の意識は遠のいていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「おいおいマジかよ……」


 少年が試験官を倒した。その結果はさすがに皆予想していなかったようで、驚きを露わにしている。

 そして青年だと思っていた試験官は女性だったことが、新人冒険者達には更に衝撃を与えていた。まぁそれに関してはギルドマスターは知っていたようだが。


 そして僕は少年の戦いを間近で見た事で、前に感じた違和感の正体に気付き納得をしていた。


 やっぱりだね、確信したよ。あの少年は戦っている時に誰かからの指示を受けている。表情や目の動き、あれは確実に自分の意思のみによる動きじゃない。

 声も出さずにどう会話していたのかは分からないけど、そこは魔法なんてものがある異世界だ、どうにでもなるんだろう。


 問題は誰が指示を出していたのかだ。もし、見えない霊的な何かが彼に憑いていて、コミュニケーションを取っているとしたら…恐ろしいね。それは下手をすれば、不意討ちも死角からの攻撃も効かないことになる。


「まさかテレーゼに勝っちまうとはなぁ。可能性があるとしたら、そこの嬢ちゃんくらいなもんだと思ってたんだが」

 

「俺も勝てるとは思いませんでした。たまたま運が良かったんですかね?」


「惚けるなよ坊主。お前の持ってるその剣、さっきの魔力放出を見る限り、ただの魔剣ってレベルじゃねぇな。神剣か?いったいそんな剣、どこで手に入れた」


 少年はそう問いかけるギルドマスターを見たまま黙っている。


 神剣?そんな物まであるのか、この世界は。全く恐ろしいね。


「いや悪い。冒険者への過度な詮索はタブーだったな。だが事によっては、それはギルドだけで収まる問題じゃない。後で応対室で話がしたい」


「助かります。俺も丁度ギルドマスターに話があったんです」


 ギルドマスターは例の受付嬢を呼んで、少年をどこかへ案内させたようだ。少年を案内する受付嬢の顔がやけに不機嫌そうに見えたのは、気のせいだろうか。


「悪いな、試験を続けよう。試験官は俺が勤める。安心しろ俺は現役時代はAランク冒険者だったからな。戦いながらお前らがどのくらい戦えるか見るくらい問題ない」


 試験官交代か。何故だろう、猛烈に嫌な予感がするんだけど。

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