1章

殺し屋だった彼女、街へ向かう

 盗賊のアジトを後にして数時間後。

 少し遠回りしたのが功を奏したのか、僕は誰と会うこともなく街道まで戻ることに成功した。


「お嬢ちゃん、1人旅かい?」


 そして街に向けて街道を歩いていた時、後ろから声をかけられる。野菜や肉などをくくりつけた荷馬車に、壮年のおじさんが1人乗っていた。


「ま、そんなところだね」


「大きな荷物背負って大変だね。荷台が空いてるし、良かったらグレイの街まで乗ってくかい?」


 へぇ、この街道の先にある街はグレイって名前なのか。


「良いのかい?それは助かるよ、ありがとう!」


「あぁ、お嬢ちゃんみたいな綺麗な娘を乗せられるなら、役得ってもんだ」


 おじさんはニヤリと子供のような笑みを浮かべて、下手くそなウインクをする。


 いやぁ、親切な人もいるもんだね。ウインクは出来てないけど。

 今日は何だか疲れたから、ありがたいや。ウインクは出来てないけど。


「それにしても、武器も何も持ってないみたいだけど、それで女の子が1人旅なんて危なくないのかい?それとも、その荷物に秘密があるのかな?」


 僕の背負うガンケースに視線を向けて、おじさんがそう尋ねてくる。


「いや、普通に武器は持ってるよ。それにこんなんでも僕、そこそこ強いんだ。ほいっと」


 そう答えると同時に腕を振り上げ、僕はナイフを投げつけた。


「うぉ!「ギャウッ?!」


 おじさんの驚く声と被るように、何かの悲鳴が街道に響く。

 僕がナイフを投げた先、近くの草陰から、くすんだような緑色をした小さな人型の生き物が、身の丈に合わない大きな棍棒を手に倒れ込んでくる。ナイフは、その生き物の足に深々と突き刺さっていた。


「ゴ、ゴブリン?!この街道はモンスターは出ないはずなのに、なんで!」


「これがゴブリン?始めて見たよ」


 荷車から飛び降りて別のナイフを手に、ゴブリンへ近づいてみる。


「あ、危ないよ。お嬢ちゃん」

 

「ギャウギャウ、ギャア」


 ゴブリンは足に突き刺さったナイフを必死に抜くと、しきりに鳴き声を上げてこちらを睨みつけた。


「悪いね、何を言ってるのか分からないや」


 何せ僕は人間だから。


 棍棒を持つゴブリンの腕を踏みつけて動けないようにし、もがくゴブリンの左胸を突き刺す。


「ギャッ、ギャアァ……」


 ゴブリンも生物としての急所は変わらないようで、心臓にナイフが届く感触と共に、大きく一度痙攣し動かなくなった。


「お、お嬢ちゃん、よくゴブリンがいるなんて分かったね」


「音も気配も駄々洩れだったし、殺気も明らかだったからね。そういえば、人間じゃなかったから殺しちゃったけど、大丈夫?」


 実はゴブリンは意思疎通可能で、人と友好的な生物です。なんて事はないよね。


「いやいや、助かったよっ!ゴブリンとはいえ魔物をこうも簡単に倒せるなんて、お嬢ちゃん本当に強いんだね」


 良かった、問題は無さそうだ。


「こうして街まで送って貰ってるんだし、このくらいなんでもないさ。よく考えたら、おじさんこそ護衛もつけないで街道を進むなんて、危なくないのかい?」


 すぐ近くには、ついさっき僕が壊滅させた盗賊団のアジトがあった訳だし、少し無用心過ぎるんじゃないかな。


「いや、この街道に魔物が出るなんてこと今までなかったし、盗賊も荷馬車で野菜運んでるような農民は、襲わないんだよ」


「あぁ、なるほどね。盗賊もあまりお金にならなそうな相手は狙わないのか」


「そういうこと。おじさんみたいな農民は、護衛をつける必要もなかった訳だ。でも今みたいにゴブリンが出るなら、これからはそうもいかないかもなぁ」


 おじさんは憂鬱そうに、ハァとため息を吐く。


「そういえばさっきも、お嬢ちゃんと会う前に領主様の軍が街道を塞いでてね。通るのにも苦労してたんだ」


 盗賊が話してた軍ってやつか。街道の死体、片付けくらいしとくべきだったかな?いや、まぁ僕まで辿り着くことは無いだろうし、別に良いか。




 おじさんとダラダラ他愛のない話をしている内に、遠くに大きな壁が見えてきた。


「あれがグレイの街を守る壁だよ」


 遠くからでもはっきりと見えるその壁の高さは、100メートル近くあるだろうか。


「あれ、何に襲われるのを想定してるんだろう……」


「ハッハッハッ、何せこのアール王国の北を守る要の大都市街だからね」


 アール王国の街グレイ、なんか紅茶みたいだね。たまたまだろうけど。

 

 おじさん曰く、グレイはアール王国と隣の帝国の国境、そして魔族領との境界近くにある城郭都市らしい。そんな辺境が故に魔物の数も多く、人と魔物の両方から街を守るための、この外壁だそうだ。


 ところで、魔族って何だろう?

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