第2話 ありがとう


カタカムナ文献では、八咫鏡(やたのかがみ)について書かれているものが多く存在します。


八咫鏡では、性質の違うものが引き合って、離れて、違いを認め、自分というものを認識した時に新しい世界が生まれてくる様子を表現しているように見えます。


カタカムナ第5首

『ヒフミヨイマワリテメクルムナヤコト』

コト、9と10で新しい世界へ転生していく様子を、ヒ〜ヤでは、1〜8を循環する様子も見れます。


トキとは、カタカムナ文献から推測すると、

『統合するエネルギー』と読めます。

つまりトキ、時、時間とは、性質の違うものを認め、自分を知った時に、動くものだと思います。


そして陰陽、正反、善悪が一体となった時、に、

音やヒビキがうまれ、そのヒビキと言うものが、量子、原子、波動と呼ばれる、生命の源であるとも見えてきます。


この様子は、勾玉(マガタマ)が合わさったように見える、ミクマリという、図符からも推測できます。


そして、言霊学においても、母音に父韻が噛み結んで(神結び)子音という現象が生まれる様子を読み取る事ができます。


男女が惹かれあって子が生まれるように、

物質の最小単位である原子核も、男女も、言葉のヒビキもすべてが同じだとすれば、

無限に世界があり、無限にトキが存在し、無限に崩壊と再生を繰り返す。

さらに無限に世界を生み出し、転生し続けてているのです。


その様子は、

空間に無限に存在する

ニュートリノという素粒子と、

わたしたちの意識が出逢い、

すべてのモノが存在するという量子の理論とも合致します。


瞬間瞬間で選択と転生、破壊と再生を繰り返し、

無限の可能性と出会いがある中で、今の瞬間を自ら選択している。

そこで出会った人、モノ、出来事が奇跡であり、尊いものだと改めて思います。


これが有難い事、『ありがとう』の意味なのだと思います。


そしてその、人、モノ、出来事すべてがフラクタル(自己相似)で、

一粒の砂が地球であり、

小さな虫が、大切なあの人だったりする。


だからすべてが有り難い。

ほんとうに奇跡なのだと思います。


感謝の気持ちは、隙間を埋めてくれた片割れに対する感謝。


それは、すべてのものが、

単体では不完全な状態を

自分以外の『何か』と出会う事によって、

完全となり、存在するから。


つまり存在する時点ですでに完璧とも言えるのです。


ケンカが悪いわけでもないし、悪口が悪いとも思わないですが、

今、嫌な気分でない事が、 

自分の本来のポジションだと思います。


我慢せずに『嫌なものは嫌』と言い、

正直になればいいだけです。

それが、なかなかできないのは、変なこだわりがあるからでしょう。


『生活のため』『決まりだから』といういい訳をせずに、自分の気持ちに正直になればいい。


そうすると犯罪が?

自分の本当の気持ちにフタをするから、苦しくなって、自分の鏡である、誰かを傷つけているだけです。

犯罪と呼ばれる現象は、

自分自身を傷つけていただけだったのです。


すべての人が本当の自分の気持ちに正直になり、

心地よい状態で居られるなら、

警察も法律も、お金も政府も必要なくなります。


それにフタをしているのは、他の誰でもない


自分に自信の持てない『自分自身』だったりするのです。


※これも書き手である自分に対するメッセージです。

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