第65話 金星攻略の検討とその課題

 天の川銀河中央星系惑星クラヌス・管理官ビル執行官執務室。

「予想通りというか・・・・係長はとっとと天の川銀河の案件を終わらせてほしいわけね。」

 イサの言葉にラナンが頷いた。

「おとり調査のほうも、通商連合とつながってた管理官の逮捕までこぎつけたみたいだしね。あとは金星と土星に拘禁されている管理官の救出が優先順位としては高いことになるから・・・。」

「金星かぁ・・・・あそこの地表は硫酸の雨がふってるし、地下施設は広大だ。軍を直接投入するには向いてないな。ゲリラ戦で被害が出そうな案件だ。」

「マンパワーも必要だとは思うけど?」

「そりゃそうだけど、対工作員能力が必要になる。あとは主要都市を占領して、そこから浸透というのが手順になる。時間はかけたくないが時間がかかる案件だよ。」

 イサはそういって金星の立体図を表示させた。

「地中の都市ばっかりだけど、一番ここをどうにか落とすことが求められるね。」

 イサの操作で惑星核に近い場所が拡大される。

「・・・都市名はルキサスか・・。」

「あっちの言葉訳すなら光郡、あるいは最後の希望といった意味になるな。ここを優先して陥落させる理由は旧式の惑星制御システムを撤去して、新しいものに入れ替える必要があるからだ。」

 ラキが惑星の経路を表示させて、その接点となる経路の都市の多さに苦い顔になる。

「班長がここを優先したいのはわかりますが・・・・経路が多すぎます。全土制圧戦を最初から行ったほうがよろしいのでは?」

 イサは唸った様子だ。

「ぶっちゃけ拘禁されている管理官の安全は最悪考えてなくてもいいけど、ここが地球から丸見えなのが問題なんだよなぁ。地上にばれる・・・・それ自体は構わないとしても・・・地球でのこれからの対応にも影響するってことだよ。」

 ラキは呆れた様子だ。

「恒星系全体の一挙制圧を行なえばよろしのでは?」

「それをやるとジョカへの対応が後手に回る。軍がどうこうではなくて、混乱に乗じてジョカを外部に持ち出すことを通商連合残党が行うことが確定だ。時間をかけてたのはそれを防ぐために恒星系システムの更新と再構築をしていたからだ。空間情報システムなしにジョカの流出は止めれない。だが、金星の惑星システムを更新しないとその封じ込めが完ぺきにはできない。これは肝心のジョカの牧場である地球にも言える。だから地球の公転軌道の内側と外側の惑星から落とすという迂遠な手段をとるべきだと思う。」

「係長には散々迂遠すぎると言われても、手段を変えないのはそのせいですか・・・・。確かに時間をかけるしかないですね。」

「ここでジョカを根絶する。これはいうまでもなくアマテラス銀河連合の方針として絶対だ。丁寧に根絶しないと必ず、漏れが出る。」

 ラナンがそこに口を開く。

「指名手配されている複製体の母体についてなんですが、新たな解析結果が出てます。一部の地球産のジョカの遺伝子に情報圧縮をともなって組み込まれていることが判明しました。つまり複製体の殲滅とジョカの殲滅は同義だという事です。」

 その場に呻き声があがる。ラキが思わず言った。

「あの犯罪者の複製体が・・・その元がジョカに組み込まれてるってどういう悪夢ですか!!」

「組み込まれて時間がたつほど遺伝変異で摩耗はしていっているみたいですけどね。もともとのジョカの遺伝子記憶の設計が完璧すぎるくらいだったの対して、そこに割り込みをかけただけという感じで素人が玄人の工作に手を入れた感じですね。ジョカからの浅層空間情報システム通信を利用して、世界各地の赤ん坊に記憶の塗り替えを行うという形で複製をつくっているみたいですね。ただ、条件付けに複製先は女性のみにとはなってますが・・・。」

「ということは・・・・ジェムで構成された本体以外にもということか・・・・・。」

 ラナンがため息交じりに言う。

「我が国の転生システムを否定非難して、天の川銀河の転生システムの更新を妨害しておいて、自分は転生しようとか、永遠に存在しようとしているとかありえない話ですよね。地方分権とか夢物語どころか害悪です。」

 イサが肩をすくめる。

「転生システムは終わる権利を奪うとかいってたそうだな。」

「それをスローガンに天の川銀河の各地を独立化させて、彼女のシトラス政府とのゆるい連合組織化を狙っていたようですがね。」

「中央集権を維持するか発展させないとまとまるものも纏まらなくなる。それは分裂と分裂組織同士の対立構造を生む。宇宙では常識のこのことを彼女は理解しなかったわけだ。」

「中央政府に対してずいぶん反抗的だったようです。そんなことするくらいなら、管理官学校にはいって勉強して資格を取って、中央政府とはいかなくても、天の川銀河の首長選挙に立候補すればよかったのにと思います。この矛盾をいつまでもかかえたままだったというわけですね。」




 ソル太陽系土星H2J基地・司令室。

 司令室の自分の机の席に座りながら、ディール・ハイネス三等翼士は深いため息をついた。

 H2J基地は木星のステーション全体の指揮権を有している。それが何を意味するかというと、今回の事件でのステーションの消滅とそれによるイーロン航路の断絶の責任があるということだ。

 幸いというか人手不足もあり、ディール自身は責任を取らされずに済んだが、その代わり十家の財閥総裁代行らからイーロン航路の再開通を求められていた。

 しかしながら、イーロン航路を開通させるためのステーションを構築する資材や技術者、工作機械が全く足りない。そのうえ開通を行わせるのに必要な、重力場外部出力装置は実のところ、過去のアマテラス銀河連合のステーションを流用して構築されており、同じ精度のものどころか、それを実現することすら困難である。

 技術開発を行うにしても、予算がないし、仮に開発を行っても長期間かかる。すぐにと期限を切られても不可能な状態だった。

 せめて太陽航路が使えるなら、工作員を送ってアマテラス銀河連合からの横流し品を確保するという手段もあったが、それは無理だし、にっちもさっちもいかないというのが彼の状況だった。


 いっそ辞表を叩きつけてやろうかと思いもしたが、辞表を出して権限をなくせば、謀殺されるのが目に見えていた。


 一応、技術の再現の為に三つも研究部署を立ち上げてはいたが、報告を受け取るたびに暗澹たるおもいをした。再現するのに最低でも二十年はかかると試算が出ていた。

 通商連合では人工知能に対して制限を色々設けていた。それは人間に逆らわないようにするという思想の元でだが、これが開発の速度を落とさせている。細かな実験を行うにしてもいちいち人間の責任者の承認がいるのだ。


 ディールはアマテラス銀河連合の高度人工知能に人権が認められていることを思い出す。

「やるだけ、やってみるか・・・・賭けになるがな。」

 そういうとテーブルの受話器をとって外線につないだ。



 木星・DGR8ステーション残骸。

 現在ここでは破壊された宇宙ステーションDGR8の機材のサルベージ作業が行われていた。上からの命令で特に重制御装置関連の機材のサルベージを優先していた。

 通商連合大手サルベージャーのリンクスパイラルの社長のベーン・リンクスは宇宙船の船橋で報告をタブレットで読みながら首を振った。

「おかみの求めている機材の確保は難しいか・・。」

 わきにいた作業主任のゲイル・マッキノンズが頷く。

「中枢部品はいくつか確保できていますが・・・これ使い物になりませんよ。例のブラクボックス部分が吹っ飛んでます。」

 その部下のナーデルス・イーレンが続けた。

「おかみはブラックボックスを手に入れたがってるようですがね・・・・・あれ機材から離された時点で自己消滅するようにつくられてますからね。」

「せめて区画全体が無事ならどうにか回収のめども立ったんだがな・・。仕方ない、ここは割り切って残っている機材の回収に務めよう。」

「そうですね。」

「社としてもイーロン回廊が使えなくなったのは痛い。保守部品の確保がなぁ。我が国の会社の製品は精度が悪い。中古でもアマテラス銀河連合のほうがいい部品が多いからな。」

「・・・社長、ゲメンタン財閥の財閥代行の件どうしますか?」

「話にならんよ。代行だか代理だかしらんが・・・勝手に名乗ってるだけだ。十家は実質なくなったも同じだ。俺たちが新しい十家になるならともかく・・傘下につけなど問題外だ。」

 ベーンはノニット・ゲメンタン・ゲメンタン財閥代行を名乗る若造の姿を思い浮かべて吐き捨てた。

 いまは本国が消滅し、十家の関係者もあちらこちらに逃亡生活を送っている状況だ。ベーンの会社は大手であったのでファンダメンタルズ金属財閥の傘下だった。

 生き残った財閥の血縁者やそれを名乗る偽物達がここ太陽系でも派閥争いをしていた。

 恒星系一つの中ですら争うその醜悪さにベーンはほとほと呆れていたといっていい。

「国がなくなったのなら、俺たちも身の振り方をよく考えるべきだな・・・。」

「社長・・・それは・・・。」

「小さなところでお互い争いあってどうなるというんだ?力を結集しても勝てなかった相手だぞ?このままだと摺りつぶされておわるか、兵糧攻めで蒸し殺しにされるだけだ。」

 ベーンはサルベージを通して、技術の大切さを身をもって知ってきていた。だから、技術を軽視し、ないならあるところから盗むか奪えばいいという通商連合やシリウス王国の考え方には思うことが山ほどあった。

 誰かが開発せねばなかったのが技術だ。その技術をつくる人間を奴隷扱いしている通商連合のハイソサエティの考え方はいずれつけを払わされると常々考えていた。

 サルベージは過去の技術を拾い集める仕事だ。それ自体は直接無から新しい技術をつくわけでないが、ベーンはサルベージして再開発することは過去の技術の継承だと考えていた。

 そんななかで通商連合の技術の多くが過去に銀河連合統治時代に得たものであることをベーンは突き止めていた。

「・・・決断ははやいほうがいいかもしれんな。」

 ベーンの言葉に部下二人は難しい顔をしていた。

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