第66話 技術屋の矜持

 土星γ56EYステーション・重力技術先端研究所。

 重力技術先端研究所は葉巻型ステーションの中央部に存在していた。このステーション自体、過去のアマテラス銀河連合統治時代ののステーションを使っている。

 そのため人工重力装置などが整備されており、ステーション中は1Gに重力が調整されており、生活可能惑星上と変わらないような環境だった。

 この研究所自体、さきの木星ステーション撃墜事件から急遽立ち上げられたものだったが、新任研究所長のペグワン・フィットリーはやる気に満ちていた。

「よ~し。ここの調査は終わったと・・・・。数値も予想通りだな。」

 ペグワンの前にある遮蔽がなされている実験机の上には光子出力装置につながれた、円筒がつなげられていた。そこでは重力共振を円筒内で行わせており、別の部屋の机の円筒とのあいだに重力接続を行う実験が行われていた。

 本来ならこのような実験は様々な粒子線が発生する為、宇宙空間で専用の構造物を作って行うべき実験だが、急遽作られた上に予算が限られていてこのような仕儀になっていた。

「B1との間に重力接続は成功と・・・・。あとはこの二点間の重力接続による次元転移加速が行えるかだな。」

 ペグワンの言葉に横にいたメッセー主席研究員は首を傾げていた。

「所長、我々に求められているのは重力天体間の重力接続の補助装置の開発ですが・・・・・・。これは・・・次元ゲートシステムの実験ではないですか?」

 ペグワンは指を左右にふってチチチと口をならした。

「メッセー君、君はいつまで我々が超重力天体間ネットワークに依存する宇宙移動に頼るべきだと考えているのかね?」

 メッサーは目をしばたく。

「しかしながらアッケドン財閥の依頼では・・。」

 ペグワンはにやりと笑った。

「依頼なんぞくそくらえだ!メッセー君、この間から我が国が負けこんでいるアマテラス銀河連合の宇宙船について知ってるかね?向こうの船はいかなる宇宙においても直接次元転移を行ってどこへでもというのは語弊があるが・・・・我々の超重力天体同期転移よりもはるかに長い距離を我々より高速で超光速移動をしているのだよ。私としては次元転移の研究をしたいがね・・・今の技術で行えるそれれに近づく研究となればこの次元ゲートシステムしかない。」

「ばれたらことですよ?」

「連中は技術のギの字もしらない馬鹿ばっかりだ。この研究がゲート間転移の実験だとは理解できないよ。私としてはこの宇宙ステーションの航行管理システムへのアクセスができれば・・・・おそらく問題は解決すると考えている。ハッキングかなにかすればできると踏んでいる。だが、私はそれはしない。我々が自力で技術を開発せねば、いつまでたっても後塵拝するだけだ。よくわかってない技術、ブラックボックスに頼る技術社会がいかにあやふやで不安定なものか我々は思い知ったはずだ。必要なのは自前の技術だよ。それも基礎技術からの積み重ねで得られる技術だ。」

「期限がきられてますが・・・・・大丈夫でしょうか?」

「・・・・・ゲートさえできてしまえば、ほかの恒星系の超重力天体とゲートを重力結合させることも理論上可能だ。木星との結合を見せてやれば、時間稼ぎくらいはできるだろうさ。」

 メッサーはふぅと息を吐いた。

「しかたありませんね。せいぜいばれないように所員に厳命しておきます。」

「たのむよ。」




 月・アッケドン財閥ゲームテラゲームスポット運営本部。

 書類を眺めていたアリウス・フィブラ・アッケドンはため息をついた。

「やはり重力経路技術開発のほうは・・・・遅延気味か。」

 そばにいた秘書のレイネール・ザングトンが肩をすくめる。

「まだ始まったばかりですからね。サルベージのほうからも今のところ必要なブラックボックスの回収はできていないとのことです。」

 アリウスは椅子の目もたれに背中を押し付けた。

「やれやれ・・・・我々が求めるそのブラックボックスがだれが作ったか君は知っているか?」

「超古代の文明の遺産とだけ聞いていますが・・・。」

 アリウスは苦笑いだ。

「その古代文明こそがアマテラス銀河連合なんだよ。」

 レイネールは驚いた様子だった。

「・・・それ本当なんですか?」

 アリウスは頷く。

「十家になった財閥の一族のみに伝えられることになっている申し送り事項だったわけさ。我々はシトラスの支援で勝手に独立をしたあげくに技術的に後退してしまった宇宙文明なのさ。」

 アリウスの説明は続く。だからプライドの高い十家の当主はこれをひた隠しにしていたそうだ。

 自分がしってもよかったのかとレイネールはいうが、アリウスがかまわないとあっさり返す。そもそも隠すこと自体無理があったとアリウスは思う。

 シトラス経由でアマテラス銀河連合の技術の一部を手に入れてはいた。シトラスが技術内容については神経質にコントロールしていたが、技術こそが富と権勢を得る最大の要因だ。

 シトラスは自分たちの権威を保持するためにいろいろと制限を加えていた。シトラスの古くからの同盟者で経済主義の通商連合にたいしてもだ。

 通商連合では金さえあればなんでも手に入ると言われていた。しかし実際のところ、本当に必要な技術はシトラスに管理されていた。

 宇宙船の航行技術なんかはその最たるものだ。

 あと人工知能の開発技術は特に厳しく管理され、人に絶対に逆らわないような人工知能しか認めない体制になっていた。

 逆らわないということは本来の自由な思考ができず実力が発揮できないことを意味する。

 アリウスがおくばせながらも制限の少なくした人工知能開発を行わせはじめたのも、技術開発に人工知能は必須だと気づいたからだ。

 アリウスにとってアッケドン財閥というのは自分を縛る枷でしかなかった。付き合う相手から、婚約者まですべて家長の命令で決められ、分家筋とはいえ就職先まで三歳のときに決められてしまっていた。

 アリウスとしては本家が消滅したことに関して、ようやく自由に判断できるようになったと喝采をアマテラス銀河連合に送りたいくらいだった。ただ、このままでは兵糧攻めで摺りつぶしてくる相手でもある。

 自分が得た自由を利用してどこまでも生き汚く生きてやることがいままで自分を縛ってきた連中への復讐になると考えていた。

 ちなみに婚約者は本国の消滅に巻き込まれて行方不明だ。自分がここに赴任することになったときに田舎なんかにいきたくないとついてきてくれなかったのだ。

 風のうわさでは本家の長男と関係を持っていたと伝わってきていた。所詮、家長政治のいきつくところだなと自嘲気味にアリウスは思っていた。

「・・・アリウス様、地上派遣部隊のラネット曹士が到着されたようです。ご挨拶に参りたいとの事ですか・・・・。」

「ん?軍の・・・・いつもはあいさつなんてしないよな?」

「ええ。地上の状況などについて直接お伺いしたいとの・・・・」

 その時警報が鳴る。

「警報?」

 そこへドアがバンと開けられ、装甲戦闘服を着た一団が入ってくる。

「おい!おまえ・・・・」

 レイネールの誰何に銃のストックでレイネールが殴られ、吹き飛ぶ。

「・・・・・ここへきてクーデターか・・・。やれやれ・・・。」

 アリウスはややぶぜんとした顔をして指示に従い両手を頭の後ろにおいた。




 ソル太陽系土星H2J基地・司令室。

「アリウス・アッケドン総裁代理の確保に成功しました。月の完全制圧にはなお時間がかかる模様です。」

 部下のその報告にディール・ハイネスは重々しく頷いた。

「引き続き、慎重に制圧作業を続けてくれ。」

「はっ!」

 部下が出ていくとディールはふっと息を吐く。

「どうにか第一段階は成功だな・・・。問題は技術開発研究機構がこちらの言い分をうけいれてくれるかどうか・・・・。」

 部屋のドアがノックされた。

「あいてるぞ。」

ディールの言葉に部屋のドアをあけて、失礼しますと副官のアレット・シグン一等尉士が入ってきた。

「どうにか、技術開発研究機構の総裁であるニール・フィヨドルスキ氏の説得に成功しました。ただ、従うにあたって閣下との面談を条件に出されました。如何なさいますか?」

 ディールは少し考えた。今回の作戦の最終目標を達成するには技術者の協力が不可欠だ。

 ディール自身、技術の重要性は十分に理解しているつもりだ。少なくても通商連合上層部の様に金と時間さえあれば開発が進むことを妄信するような考えは持っていなかった。

 時間のかかる基礎開発からの積み重ねであることをいやというほど理解している。しかし、通商連合の技術は過去のアマテラス銀河連合統治時代のブラックボックスと呼ばれる何種類かの機構に頼って構築されていた。

 通商連合がまだ勢力を誇っていた時代に何度も基礎研究をするように上申したが、上司には無駄なことをするなと馬鹿にされたあげくに、この辺境に飛ばされた経緯があった。

 アリウス・アッケドンはまだ技術に関して理解があった方だが、それでも基礎技術の大切さを理解はしていなかった。

 現在ある技術を組み合わせれば新しい技術になるとかってに考えていたきらいがある。

「土星圏を絶対防衛圏とした、あらたな自治政府を作るには、我々は力がなさすぎる。どうにか時間稼ぎしつつ技術開発を進めねばば・・・。」



 土星・地下都市ベーネミュンデ・技術開発研究機構本部。

「ハイネス三等翼士は了承してくれたか・・・・。」

「長官、よろしいのですか?クーデターに参加するなど・・・。」

 長官と呼ばれたニール・フィヨドルスキは頷いた。

「我々にはとにかく基礎となる技術が足りない。ほかの恒星系で開発された機構を利用して運用する仕組みを作っているにすぎない。これではだめだ。次の技術への飛躍が全くできない。どうやらハイネス君はそのあたりのことをよく理解してくれているようだ。」

 示された予算の増額にニールは満足そうだ。

「ペンデント君、こういう話は聞いたことないかね?我々が扱ってるブラックボックス三十七種の製造元がどこであるのか?」

 ペンデントはそういわれて首を傾げる。

「遥か古代に存在した超文明の遺物だとは聞いたことはありますが・・・・残念ながらその超文明の内容については寡聞にして存じ上げません。」

 ニールは意地の悪い顔をして口を開く。

「我々の通商連合の人間がどこから生まれたか知っているかね?」

「初期十家のハイソサエティが、シトラスによって建国を承認されたという建国神話は知ってますが・・・・。」

「では建国前にわれらの祖先はどこで生まれた?」

「存じません。」

「まあ普通は知らんだろうな。」

「所長どういうことなんですか?」

「答えは簡単なことよ。すべての始まりとされる神の国シトラスだが、その正体は何年か前の事件で露見した。アマテラス銀河連合天の川政庁の地方独立派によるクーデターでできた政権だ。」

「え!!」

「驚くのは無理はないがな。通商連合上層部はこのことをひた隠しにしておったからな。これで答えは見えたじゃろ?」

「まさか・・・・・我々の起源がアマテラス銀河連合だとおっしゃりたいのですか?」

「その通りじゃ。そしてこのブラックボックスの技術もアマテラス銀河連合由来のものだというわけじゃ。わしがここに飛ばされた理由もわかるじゃろ?」

「事実の公表を通商連合は阻止しようとしたから・・・ですか。」

 ニールは頷く。

「わしは通商連合共和国中央研究所の所長をしておった。そしてそこでは極秘にブラックボックスの研究が行われていた。ブラックボックスを自滅機構を働かせずに開封する技術は一部じゃができておった。そして開封を行って内部の技術を解析していた。」

 ニールの説明によると、開封した中の機材の規格が既視感のあるもので、それを調査させるとアマテラス銀河連合の規格と非常に似ているものだった。似ているだけだが、引っ掛かりをおおぼえたニールは上層部に掛け合って、アマテラス銀河連合の規格書を取り寄せた。すると過去に製造されてた規格と完全に一致した。

 ニールはそのことからブラックボックスの由来がアマテラス銀河連合だと確信を得たわけだ。

 ところがここで、部下の中に監視員がいて、そのことが十家の知るところとなり、ニールは処刑直前までいったそうだ。

 幸い、技術には明るかったアッケドン財閥に拾われる形で見受けをしてもらって事なきを得たが、ニールにしてみれば言われた研究をしていてその結果が気に喰わないからと殺されかけたわけだ。

 到底十家財閥を許す気になれない。アッケドンにしても研究成果は表に出さないようにと誓約書まで書かせてきた位だ。

「金さえ持ってれば偉いという発想の通商連合は間違っとるとそのときは心底思ったものじゃ。確かに金がなければ研究はできないが、技術があれば金ができる。どちらが偉いというわけではなくそれは国を富ませるための両輪じゃ。そのバランスが悪ければそのうえにのっている国が崩れるのも道理じゃ。」

「・・・お金を稼ぐだけなら金融取引だけで行えるのが、それをっ助長している気はしますね。」

「金融取引も必要なことじゃよ。経済をまわすためには。そこに変な制限を加えるからよくなくなるんじゃ。とくに大金持ちだけが稼げるしくみにしているのが問題じゃ。保守層を維持するという政治的な思惑はあるにせよ、上に必要以上に楽をさせてもいいことはない。それが生み出したのが技術や技術屋蔑視の風潮じゃ。技術開発は金食い虫で、なかなか金にはならん。金になった時のリターンが莫大だがな。技術はひとつだけでなくよこの連携でのシナジー効果も大きい。だが、お金にばかり執着する連中はそのことを理解せん。金のかかる技術開発をお荷物とすら考える輩がおる。技術は商業的な成果主義では発展がむりなんじゃよ。適正な監査は必要じゃがの。」

 ペンデントがその話に頷くと時計をみせた。

「ありがたいお話ですが、時間です。いまでいと基地に間に合いませんよ。」

「やれやれ・・・。」

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