第64話 人生の目標とは

太陽系金星・カレザス主要管制塔。


「地球方面から急速にヨットクラスが接近中!」

 管制長のカイ・ディグランドは顔をしかめた。

「呼びかけろ!」

 管制官が何度も呼びかけるがヨットから返答はない様子だ。

「・・・ヨット、そのまま恒星方面へ速度を落とさず侵入。」

 またかとカイは思った。

「・・・・・ヨットの出発元は地球の月か?」

「・・・・・のようですね。月管制から確認がとれました。」

 最近月からの脱出者が増えている。月からの脱出者は大体が恒星系外縁部から直接外に出ようとするか、太陽に向かっていって太陽でアマテラス銀河連合側に交渉を持ち掛けるかだ。

 太陽の要塞とのやり取りを傍受していたが、基本的にアマテラス銀河連合は交渉に応じない。拿捕されておわりというパターンばかりだ。

 案の定、通信が行われているが、交渉はうまくいっている様子はない。

『停船したわよ!』

『そのまま、臨検する。』

『臨検って!私たちは交渉をしにきたのよ!!失礼じゃない!!こちらには月の情報だけじゃなくて、この太陽系のアッケドン財閥や通商連合側の一万年くらいのデータがある。』

『残念だが、うちの国はテロリストとは一切交渉しない国でね。お嬢さんがたは・・・・ああ照会がとれたか・・。テラのプレイヤーか。残念だが二級犯罪者として逮捕を行う。』

『・・!船が動かない!!あんたらなにしたのよ!!』

『トラクタービームの一種で固定しただけだよ。言いたいことは取調室で取調官に言ってくれ。』


「また一隻つかまっちゃいましたが、沈めないでいいんですか?」

 証拠隠滅をはかるように部下がいうが、太陽付近水星軌道からさきはアマテラス銀河連合の領域となっている。

「・・・馬鹿を言うな!」

 カイは思わず怒鳴る。

「いいか、アマテラス銀河連合は復讐を徹底する国家だ。ここで攻撃すれば金星を陥とされる。」

 カイのことばに部下達は苦いものを飲み込んだ様子だ。

「言わずもがなだが、この星は地下監獄惑星だ。収監されている人間のなかにはむこうの管理官クラスがいる。役職の管理官ではなく・・・・資格の管理官の意味だぞ。つまりは幹部級だ。・・・・・どうせろくでもない冤罪で逮捕し、拷問を行っていたことは諸君も承知の話だ。これが何を意味するか・・・言わなくても分かるだろう。」

 部下達は青い顔をしている。

 カイは認識が足りないやつらばかりだなと深いため息をついた。



天の川銀河中央星系・惑星クラヌス・管理官ビル執行官執務室。

「・・・・・ソル太陽系の中核要塞から報告です。拿捕したヨットクラスなどの小型船の数はこの三週間で87隻、逮捕者は384人に上っているそうです。ラナウェイ司法官が裁判の多さにぼやいているみたいですね。」

 ベンソの報告にイサはさらりと答える。

「さもありなんだな。あいつには頑張ってもらおう。」

 ベンソは苦笑いだ。

 監査局は部署によっては裁判を行う特別司法官であるため、通常の裁判を行う司法官との関係が強い。ラナウェイはイサが中央から引っ張ってきた人材だ。ほかにも司法官として採用した二十人くらいがイサが管理官学校卒業者から引っ張ってきている。銀河系の総責任者である執行官には司法官・裁判官を選定する権利と権限があるためこのようなことが可能になっている。

 弁護士も基本的には管理官学校で司法試験を合格した人間を登用しているため、国選弁護員枠をうめるのにイサも苦労した覚えがある。低級な管理官で司法試験があるため、人材の数は多いが、問題は質を確保するのが難しい事だ。

 なんでもかんでも総責任者がきめるわけにもいかないので執務室にいる監査局人員以外の部下に人材を集めてもらってそこから選定はしたが、待機任務が多いとかなり不平が多かったのだ。

 国選弁護人は所定の場所で裁判が行われるまで当直待機する任務が多い。イサから言わせれば、空いた時間で知識挿入するなり、シミュレーションで腕を磨けばいいと思うが、なかなか若い管理官には理解してもらえない事が多い。学校を出てまで勉強したくないというのが割と多いのが現状だ。

 向上心を持つ持たないは個人の考えだからとかく言わないが、暇だからと無為に時間を過ごすのもどうかとイサ思うのだ。しかしこれも個人の考え方でしかない。しかし、法律の変更などは割と行われるのでそれの学習は司法官や弁護士の義務として規定されている。



『プライベートに踏み込んでまで、君には苦労かけたね。いくら部下のメンタルヘルスを保つことや任務の正当性を保持するためとはいえ、君の家族のことに口出して申し訳ない。』

「いえ、ニギ係長、係長からこの提案を受けた時に、そういう解決方法もあるんだと正直初めて気づきましたから。」

 ラナンの個人執務室でラナンは上司のニギ係長と話をしていた。ラナンは当初、ナミが見つかった時点で、イサに自分とどちらを選ぶか迫るつもりでいた。家族として過ごしてきたからわかるのだが、言い方は悪いがイサは人を切り捨てるのが巧くはない。おそらくナミのことは切り捨てることはできないだろうと踏んでいた。ただ、距離を開けようとはするだろうことも予想はしていた。

 それはナミにとって生き返ってすぐに、一人で世間の荒波に放り出されると同義だ。だが残酷だがそれが現実だとラナンは思っていた。

 しかし、ナミが見つかったことをニギ係長がどこからか聞きつけていて、ラナンに二人ともイサと結婚するように説得したのだ。重婚が認められているアマテラス銀河連合でも重婚者はそれほど多くはない。考えてみればわかる話で、愛情を平等に注ぐことは難しいし、生命的に独占欲はどうしてもでてくるので、それが満たされないから不満が溜まりやすいのだ。

 だからトラブルになりやすい。

 だがニギはあえて重婚するようにラナンを説得した。どちらかを選んでもイサの性格上、かならず将来のトラブルになる。ラナンを選んでも情にほだされてナミに手を出さない保証はないというか必ず手を出す。逆にナミを選べば家族との断絶は決定的だ。

 それなら重婚してしまえというのがニギの提案だった。重婚の維持の仕方まで丁寧にラナンにレクチャーまでした。

 ニギにしてみれば、これ以上任務に私情をはさんだことにしてほしくないという思いもあった。ナミのことが解決すれば、イサはナロンギデア、地球にこだわる理由がほとんどなくなる。思い切った手がソル太陽系にたいしてイサはとれるようになるはずだ。

「おかげさまで家族関係はすごぶる良好です。あの人がナロンギデアを切り捨てるという選択肢もとりやすくなったでしょう。」

『これも個人的な見解なんだがね・・・・正直ナロンギデアを正常化するのは無理だ。問題が複雑に絡みすぎている。』

 ニギにしてみれば言語が分化させられすぎているのも問題だし、人工人種も何種類も投入されて、そのせいで価値観のサラダボウルだ。そのうえ、本来の人類である標準人類とその補完人類が追い込まれているというのもよくない。

 惑星殲滅型人型兵器人種ジョカが蔓延する条件が整いすぎている。アッケドン財閥はこれをオーバーライドの記憶の塗りつぶしで対応し、ジョカの自滅因子を記憶の上では消すことで抑制はしてきていたが、そのジョカにオーバーライドへの耐性が付き始めているをことに気づいていなかった。

『統括人工知能はともかく、その手足となる専門人工知能が暴走しているのも頂けない。人間や動物の精神体と中途半端に混合するなんてよくもまあしたもんだよ。むこうでは精霊召喚とかよんでる無理やりな起動プログラム・・・・イケニエ対象のAIの使用権限を逆用して召喚し使役するだったか?あれは最悪だね。人工知能の複製による起動プログラムだからできてるのだろうけど・・・・・色々セキュリティに手を入れる必要があるね。』

「あれは最悪ですね、アバターまで人と動物が混合されたものだとかになってますからね・・・・・天使に羽があるのも以前に鳥をイケニエにしていたことが影響していますしね。」

『緊急時用の肉体の構成要素や精神情報を人工知能の運用・起動エネルギーとして使うという条項はかなり昔に削除されてるはずなのに、まだあるなんてさ。理解に苦しむ。』

 ラナンにしても、これもセツ・サダ・セレナ・グレンデルトの置き土産だと思っている。ナロンギデア内部でも複製体が複数活動していることを確認している。そしてなぜかアメリカ合衆国に対して強い敵意を示していることも確認している。

 まだ解析中だが、一番の存在に強い敵意を示す特性が複製体にはあることが分かっている。心理的には妬み嫉み僻みに近い。

 天の川銀河中枢での彼女のオリジナルの行動原理も自分が一番になれない事への僻みが根本にあるようだ。

 正当な手段を取らず、手軽な違法な手段にでる特性もある。ある意味正当な努力に対するコンプレックスが強いとみるべきだろう。

 そして正統ではない手段にたいしての情熱をかけるアンビバレンツな心理が見えてきている。

「いずれにしてもジョカとジョカの脳髄から作られているブレインジェム・・・当地の現在の言語では脳の宝石という意味ですが・・・それを根絶しなければならないが、それは著しく困難だと私も認識しています。イサ班長もその点は同じでしょう。」

『私なら犠牲を問わず、ジョカを虐殺して殲滅するがね・・。』

「その手段をとった場合、そのあとのナロンギデアの統治が困難になりますよ?」

『いってしまえば・・・・・この場合市民弾圧も辞さずだよ。正直、標準人類とその補完人類以外は人類としての基礎命令に欠陥を抱えている。一緒に殲滅したとしても私の心は痛まないね。彼らのせいでどれだけの本来の人類が苦しめられ殺されてきたか考えればね。』

「選択肢としてそれも悪くはありませんが・・・。」

『猶予を与えたのは私と局長だからあれだが・・。期間は限られている。例の泳がせはすでに作戦が終了したし、何か思い切った行動をとるべきではないかな?』

「班長に係長や局長の意図は一応伝えてはおきますが・・・。」

『あまり君たちを天の川銀河に張り付けておきたくないんだよ。強硬査察班の一つがいつまでも行政局の仕事にかかりきりというのは頂けない。』

 ラナンとしては苦笑いするしかない。

『君たちには次の人生の目標と、仕事の標的を探してもらいたいところだね。』

「善処します。」

 ラナンの言葉に肩をすくめてニギ係長は通信を切った。

「・・・人生の目標はきまってるのだけどね。」

 ぽつりとラナンはつぶやいた。

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