第63話 月要塞紛争
太陽系・月要塞主動力炉区画・制御区画会議室。
白の詰襟の制服を着た男女が深刻な様子で会議をしていた。
「くっそ、どうにか連中の侵攻を抑え込めたが、食料プラントを抑えられちまった・・・。」
「封鎖はできたが、幸先はよろしくないな。」
「子供たちの事を考えると、冷凍睡眠装置を使うしかあるまい。」
「しかし、ツクヨミ様・・・。救援のあてはあるのですか?すでに電波封鎖はされておりますし、転送経路も遮断されております。」
「なんとか・・・・太陽の中核要塞に連絡できれば・・・助かる方法もあるかもしれんが・・。」
「本国が我々をたすけてくれますかね?」
「状況次第としか言いようがないな。」
「表層部のくそったれどもは補給が絶たれて、精神憑依のライドオンや記憶塗りつぶしのオーバーライドに支障が出ている様子ですが・・・。仮に本国が気が付いたとしても、我々事処分をする可能性が高くないですかね?」
ツクヨミと呼ばれた責任者らしい男性は苦い顔だ。
「本国は要塞をおとされたのが恥だからと処分するようなチャチなメンタリティではないが・・・それはあり得る。というか月よりもこの太陽系そのものが処分対象だと何度も本国から通知がきている。ジョカの存在があまりに危機的だ。」
「我々が生き残れないなら・・・・いっそ動力炉を暴走させて自爆するというのも選択肢にいれるべきかと。」
ツクヨミは唸った様子だ。
「・・・それは最終手段だ。できるかぎり子供たちを生かす方向で対策を立てる。転移装置のひとつを重力ジャミングを突破して電波を送れるように改造しよう。幸い資材はある。それと並行して簡易の食物プラントの構築を急いでくれ。」
一方そのころ月の裏側にあるアッケドン財閥ゲームスポットテラ本部。
一人の男性が会議室の入り口から報告を上げている。
「下層への突入はこれ以上無理です。」
会議机の席にすわっている男性が胡乱な目をして言った。
「充填封鎖材なんぞ、爆薬で吹き飛ばしてしまえばよかろう?」
「観測結果から申し上げますが、3km以上にわたって通路に充填されています。そのうえ、その周辺でガードロボットが徘徊しており、作業員にかなりの被害が出ている状況です。」
「防衛隊はなにをしてるんだ!!」
席のひとりが立ち上がって怒鳴る。
「・・・申し上げにくいのですが、防衛隊ではあのガードロボットに対応できません。遠距離から球状のガードロボットに砲撃され、一方的に負けています。」
「ならば接近すればよかろう?」
「接近すればインセクトタイプのガードロボットに斬られます。比喩ではないですよ?装甲服ごとばっさり斬られるのです。おそらくは月の構造材と同じかそれ以上の単分子でできている装甲を持っています。我々の科学力では対応しきれません。」
会議室に重苦しい雰囲気が充満する。
奥の責任者らしい男性が口を開く。
「・・・ネッサー君、ロボットの対応は接近しなければこちらから仕掛けず、こちらのガードロボットにまかせなさい。突破口は別の場所を検討しますから・・・現状の通路は諦めます。」
「はっ!」
「下がってよろしい。」
「失礼します、閣下。」
メッサーとよばれた男性が部屋から出ていくと、会議机の数人が首を振る。
「まさか我々の代でこのようなことになるなど・・・・・。」
責任者の男性が口を開く。
「しかたありませんよ。本国は消滅し、近隣の別星系のステーションからの補給に頼ってる状況で、その通路が断絶。食料の調達にも支障をきたす現状、地下人の食料プラントを奪おうという計画に瑕疵はありませんでした。問題は、我々の科学力が地下人にすら劣るということです。」
「本国人の連中は・・・アマテラス銀河連合なんぞ、後進国だの、劣等国などとうそぶいておりましたが・・・・。」
「その考えは捨てるべきです。彼らははるかに強大だった。すでにとなりの銀河に入植したグループも全滅したと報告が私に届いています。象と蟻どころか、恐竜と原生生物くらいの差はありますね。」
「アリウス様・・・・。」
「残念ながら現実です。そして我々はこの恒星系の制宙権すら失いつつある。先日の古代戦艦の騒ぎで、太陽の件の要塞から艦載機とみられる小型宇宙船が古代戦艦の支援に現れたのはみなさんご存知でしょう。そして、我々は一方的に撃墜され、古代戦艦は重力が安定しない木星内部から直接空間跳躍をおこない・・・・行先は不明。」
アリウスにしても敗戦につづく敗戦で正直、ここを押し付けてきた連中に恨み言を山ほど言いたい。
「・・・それでゲームテラの最長運用時間はどれくらい残ってますか?」
「物資不足になる前にライドオンをしたプレイヤーを基準にするなら標準宇宙時間で78年といったところですが・・・・」
「物資不足後にライドオンしたプレイヤーを基準にした最短時間だと20年をきるか・・・といったところですか?」
「はい。」
「・・・・・禁じ手にしてきましたが、我々運営がテラから直接物資を調達することも考えねばなりませんね。」
「・・・ランカーどもがうるさそうですが・・。」
「彼らはもはやお客とは呼べません。契約期間が残ってるだけの元お客様です。違約金をふっかけて契約満了して不良プレイヤーを追い出しましょう。」
「そうですね。そうするしかないでしょう。ランカーの横暴には正直辟易していたので・・。」
「ランカー連中もパトロンだった企業を失い、あるいは親族をうしない孤児もおなじです。これからランキング制度の見直しにかかります。ランキング褒章で延長していた契約期間の廃止をまず行います。」
「わかりました。」
「それと物資調達の基地としてテラの南極地下基地を中心とした各地の地下基地をシリウス王国から接収します。宙賊連中が文句いいそうですが・・いまさらです。それと物資調達の補助というかたちでゲームミッションを立案してください。これは早急に。」
「運び込む先は地下施設ということでよろしいですか?」
「そうしてください。生体ウィルスの蔓延にはきをつけないといけませんからね。」
「シリウスの連中の置き土産とはいえ・・・・新型細菌やらウィルスのおかげで我々が地上におりれなくなってどれだけたつやら・・。」
「・・・・・実際は別の財閥がしでかしたことです。シリウスは我々の下請けにすぎませんからね。」
月の裏側表層・ゲームテラランキングプレイヤーラウンジ。
「おい!ライドオンの許可はまだか?」
男性が改札口のところにいる係員にくってかかっていた。
「お客様、申し訳ありませんが、今しばらくお待ちください。」
「おいおい、そういってかれこれ二週間だぞ!!俺の契約期間は三百年は残ってる。ここままじゃランキングからドロップしちまう!どうしてくれるんだ!」
係り員の男性は首を振っている。
「いましばらく、どうかお待ちを。」
男性はやる方なくといった様子で、バーのある方に歩いていく。やけ酒でも飲みに行った風だ。
その様子をおなじラウンジのカフェスペースから女性二人が眺めていた。
「正直ナオリ、この状況どう思う?」
金髪ショートカットの女性がスプーンを前の女性に向ける。
「まあ・・例の情報を信じるなら、ナノマシンと薬剤のストックが切れたとみるべきね。」
長い金髪の女性が端末らしい円形の半透明な棒のボタンを押すと空中に映像が映る。
「・・・イーロン航路のハブだったステーションだったイグレントβ5の最後の映像よ。」
そこには巨大な戦艦らしきものから砲撃をうけている大型宇宙ステーションの姿があり、最後に爆発していた。
「・・これ・・相手の戦艦かなにかしらないけど大きすぎない?ステーションより大きいじゃん・・・・。」
「同感なんだけど・・・問題はこれ・・・」
映像の一部を長髪の女性が指で示す。映像が固定される。
「・・・多分しってるかとおもうけど・・・・これ例のアマテラス銀河連合の制式戦闘機YSJT-2789の艦載機タイプ。遠距離だけど、別のステーションとこっちの制式戦闘機γ6-A5。スローにするけど・・・・こんな感じで・・。」
ショートカットの女性は目を細めてそれをながめて、次の瞬間スプーンをおとしかける。
「・・・これ、ステーションの砲撃弾いていない?」
「弾いてるね。ちなみにステーションのほうの砲台はγ4レーザー二万ジゴワット出力のやつね。」
「合成画像・・・・・ではないよね。」
「これ別のステーションからの望遠画像だから・・・すでに合成かいなかの調査はしてるけど・・・80%以上、現実の画像ね。見ての通り一機だけで三十機以上を一瞬で葬ってる。被弾はたまにしてるけど・・・どうみても恣威行為で、こっちへのパフォーマンスね。雨あられの艦載機の豆鉄砲ぜんぶよけてるのにステーションからの大型砲撃だけまともにうけてるとか意味不明。」
ショートカットの女性が渋い顔をしている。
「・・でこれの意味するところは?」
「リコ、考えるの放棄しないで。・・・・・通商連合本国の消滅は確実。それでもってイーロン航路も途絶したとみていい。太陽重力航路はアマテラス銀河連合が封鎖してる。イーロン航路はいろいろ無理してエネルギーをつかってまで維持してた航路だから・・・エネルギー供給元はもとより、重力の調整やってたハブステーションの消滅で・・・再開のめどは立たない感じね。」
「・・・するってーと、私たちはこの辺境恒星系に缶詰?」
「まあそんなところね。」
「契約先のネーギエンスとの連絡がつかないんだけど?」
「それは私も同じ。ゲームの中継契約がパーね。幸い、ゲームの契約日数が標準時間で千年以上のこってるし、クレジットの貯えもあるからしばらく生活に変わりはないけど・・・。」
「含みのある言い方ね。」
「私に任せてばかりいないで、少しは考えなさいよ。・・・・ようはこのゲームの存続自体が危うい。歓楽惑星を制圧されたらどうなる?」
「ライドオン先の地上?そりゃ・・・ゲームはできないね。事業もとまる。あっ一緒にオフラインした・・・・ランベータの連中をここ数日見ないと思ったら・・・。」
「逃げたわね。おそらく。無事かどうかはわからないけど・・・直接恒星系外に出ようとしたのなら・・・捕まってるわね。」
リコが目をむいた。
「それって・・・・。」
「だいぶん前から、直接航路も封鎖されてるのよ・・・。アマテラス銀河連合にね。そしてなぜかイーロン航路だけお目こぼしされてた。」
「・・・・つうことは泳がされてた?」
「そういうこと。あと私たちの思考に例のジョカとかいう代物の洗脳コードが刷り込まれてた。だから思考制御が不安定化している。・・・いろいろ調べたら旧式のライドオン装置をつかったときに精神汚染をうけたみたい。会社のほうで精神汚染の除染はやってたみただけどね。んで・・・・問題はライドオン先にそのジョカという生物兵器の国がある。アマテラス銀河連合はジョカの取り締まりが厳しいことで知られてるわ。ジョカはその脳などの神経細胞が安価なデーターチップとかの材料にもされてた・・らしい。運営元のアッケドンはそれを持ち込み禁止にしたみたいだけどね。」
リコが空中を眺めると頭をおろしてこめかみを揉んだ。
「・・・まって・・まって・・・ということはよ。運営はジョカの存在を以前から知ってた?」
「うん。それでいながらそれの輸出を黙認・・いえ、正しくはないわね、協力させられてた。十家のほかの財閥が関与していたのは確実。ジョカは見た目は普通の人類と変わらないわ。ただ・・・星を殲滅するプログラムが遺伝子記憶に埋め込まれている。一種の戦略兵器ね。それを養殖する星として歓楽惑星が使われていた。」
「・・・・・それを使ってた私たちの側って悪者じゃん?」
「まごうことなく悪者ね。問題はここから逃げ出せたとして、行く先があるかということ。噂じゃレネットの連中はむこうの有力者の関係者らしいけど・・・。」
「・・・レネットに頼み込んで亡命する?」
「無理ね。ちょっとさっきの話を考えてみなさいよ。なぜイーロン航路がお目こぼしされてた?」
「それはレネットが権力でおめこぼしさせてたとかはないの?」
「ほぼないわね。」
「つうことは・・・・そのレネット達を捕まえるのに、向こうの国が泳がせてた・・・・・ということ?」
「十中八九そうね。」
リコが脱力して背もたれに背中を預ける。
「終わった・・・・わたしの人生終わった・・・・。」
「まだゲームセットではないわ。逃げる先は恒星系外とは限らないわよ。」
「それって・・・。」
「幸いというか・・・遺憾というべきか・・・制宙権をうちの国は失っている。だから・・」
ナオリがコソコソと耳打ちする。
「え~!マジ?」
「むこうがどう出るかは賭けになるけどね。手土産は必要でしょうけど。宇宙港にいそぐわよ。」
「ヨットで出かけるには時化模様の宇宙だけどね。」
二人は立ちあがるとラウンジの外へ出ていく。
その様子を、監視カメラが見ている。警備室でそれを男性たちがみている。ひとりの男性が口を出す。
「・・拘束したほうがいいのではないですか?」
「いやいい。いまさらだ・・。それにすでにこっちの情報は漏れていると考えていい。それよりユニオンレネットの連中の動きはどうだ?」
「いまのところ動きはないですね、主任。」
「引き続き監視を続けろ。」
「了解。」
月の裏にある宇宙港から一隻の小型円盤宇宙船が出航した。その宇宙船は月や地球の軌道から離れると、いっきに加速した。加速した方向は太陽だった。
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