第62話 月の危機

「状況は?」

 イサが執務室につくなりそう口を開いた。今日の当直だったらしいベンソが肩をすくめた。

「班長、どうもこうもないですよ。月の状況がかなり悪化している。生体維持システムの保全が破綻しちゃったみたいですね。」

 その言葉にイサは来るべき段階がひとつきたなと思った。

 地球の月は衛星全体が巨大な要塞として建造されている為、いくつもの地下階層が存在する。

 地球に対しての月の裏側はアッケドン財閥の連中がかなり好き勝手やっており、半分無法地帯といっていい。

 地球の人類をさらってきて奴隷労働させたり、性欲のはけ口に使ったり、実験動物として扱ったりと、犯罪行為をあげるときりのないくらいに好き勝手されている。

 だがそれも補給がなされているからであり、現実大規模参加型ロールプレイングゲームテラのプレイヤー達はその補給に頼っていたといっていい。

 月に生産設備がないわけではないが、月の加工システムだけでは生産できないものが数多くある。そういったものを恒星系外からの補給に頼っていた。

 特に高度医療にかかわる物資や長期間のゲームへのライドオンを可能にして、肉体をコールドスリープさせるための薬剤などは外部からの補給のみだった。

「証言をとっていますが、おおよそ予想通りですね。ゲームへの参加ができなくなったプレイヤーが月を脱出したがっているといったところです。彼らは月ではゲームでのランキングによる特権的な立場にありましたが・・・それが破綻したとみてよいと思います。」

 そしてベンソは報告し終えると、仮眠をとらせてくださいと部屋を出ていった。

 イサはさらっと報告された内容などを情報を思考システムから引っ張り出して頭に叩き込む。

「地球にゲームミッションとしてアンドロイドを送り込んでた連中は?」

 ラナンが首を振る。

「つるし上げをくらったか・・・情報にはないですね。」

「おそらく、状況が確定的になる前に逃げたな・・・・。」

逃げたとすれば土星だろう。そして、木星の重力ラインをつかっての恒星系外への脱出をはかった可能性がある。木星の重力ラインは太陽以外に、外部へ直接細いが人工的にラインがつながれていた。その人口的な接続干渉をおこなわせていた施設へのエネルギー供給が土星の施設から行われていたのだ。

 巨大な質量による重力体どうしのあいだには粒子のやり取りがあり、それによりラインが形成される。それにたいして波長的に同期することができれば、そのラインの接続相手にたいして落ちることを利用して長距離の超光速移動が可能になる。

 アマテラス銀河連合では直接次元移動による長距離跳躍ができるため、重力ラインによる跳躍はすでに廃れている。しかし、天の川銀河の後発的星海文明においては一般的な移動手段となっていた。


「この間の件で、木星のステーションがいくつか落とされたから、おそらく木星から外部への重力ラインは途絶している可能性が高いわね。」

 ラナンのことばにイサは頷く。

「となると・・・それによる補給の途絶が月の運営に影響したとみるべきか。」

 ラナンはそれすめばましな方だと口に出した。月の甘やかされた環境にいたプレイヤー達はおそらく自暴自棄による暴走を始めるだろうというのだ。

「ま、個人的にはナミの件が片付いたから、あなたがナロンギデアこと地球に拘る理由もへったのではないかしらね?故郷といってもあなたにとってはすでに過去の様だし。」

「そりゃそうだが、地球がまためちゃくちゃにされるのを黙ってみているのもばつが悪い。」

「・・・・局長から厄介ごとになるようなら星系処分しろとはいれわてるのでしょ?」

「・・・まあね。今まで個人的にはナミの精神体のサルベージの必要性から手は出していなかったけど・・・その理由もない。システムの強引な更新を仕掛けるべきかな。」

「サルベージの打ち切りはとっくの昔に決定されてるわ。あなたが拘らないなら、地球のシステム全体を初期化して、完全に新式のフォーマットに切り替えるべきね。いまのままだと情報密度が小さすぎるのと、情報単位が大きすぎて、まともに新型人工知能が展開できないもの。」

「あと問題は月の中核エリアの旧国民を切り捨てるか否かだな。」

「彼らは一応太陽の件ではこちらについてくれたから、切り捨てたくはないところね。ただ、最新の情報では中核エリアに機材の老朽化から侵入を許して、ワーム閉鎖材で籠城するまでに追い込まれてるという話があるわ。」

「外部との接触が途絶してるということか・・。不味いな。」

「強硬に突入を行ったシリウスと通商連合の部隊はワーム閉鎖材のワームプログラムにだいぶんやられて手出しはこれ以上できなくなってるようだけどね・・・。旧時代の兵器とはいえ、相手の精神体を食っていくワームなんてようもまあつくったものね。」

「軍用閉鎖材だなそれは・・・。いまでもあることはある。使う機会がないだけで。現実に閉鎖材にさわっただけで精神に寄生して増殖する。それに一定範囲の光子回路や電子回路にも寄生を行う。解除命令で全部消滅する優れモノだ。」

「そういえば軍属だった時代があなたにはあったわね。」

「まあね。ここにいるメンバーは大丈夫だけど、一応軍用機密だな。物理特性も最新型ほど優れてるが、たぶん月の要塞用のやつは核攻撃やプラズマのα5深度の攻撃にも耐える代物だ。」

「問題は中核部の閉鎖が完全に間に合ったか否かね。」

「あそこにはインセクトタイプのガードロボット剣番ソードダンサーや浮遊球体ガードロボットのキューブリックが配備されていたはずだ。剣番は物理攻撃に特化しているけど、特殊単分子で機体が作られてて、たぶんシリウスや通商連合の兵士じゃ破壊もできないはずだ。バッサリ切られておわりだろ。」

「もしかして・・・・・自己完結型ガードロボット?」

 イサは頷く。

「外部との命令の送受信は一切行わず、一定範囲への侵入者を自動排除する。一度放ったら、任務がおわるまで止めることも出来ないな。」

 ラナンは呆れた様子だった。

「起動前にしっかり命令をかきこまないと不味いタイプの兵器ね。」

「内部に縮退炉があって、エネルギー的にはほぼ百万年は稼働できる。」

「それって破壊したら爆発がひどいのじゃないの?」

「プラズマをまわりにまき散らすな。だから陸戦の絶対防衛線の防衛によく使われる。月の中核部は通路でも素材が特殊単分子鋼材だから破壊は受けないがな・・・。遠隔攻撃は受け付けず・・・というかレーザーなら反射するな・・・硬γ線でも硬X線でも無理。」

「となると籠城はできるとして・・・・・」

 イサは難しい顔をした。

「こういう場合コールドスリープをつかって食料や医薬品の消耗を抑え救援をまつ作戦がとられる可能性が高い。だから限界がある。」

「救出作戦をとるなら早めにしないといけないわけか・・・・。」

 イサはどうしたものか悩む。地球と月のシステムを更新してからのほうが救出はスムーズにすむかもしれない。

「月の裏側の映像がそろそろ地球の地上人類に露見する頃合いだな・・・・。プレイヤーの一部が、抗体を肉体にいれるか、抗体ナノマシンをいれて直接地上に降りる可能性があるな。」

「それって物資的に一部の大金持ちのランカーと通商連合の幹部だけでしょ?」

「だが、可能性が高い。そして神でも名乗って好き勝手するというのはワンパターンだがあり得る話だ。あるいは南極の地下施設に降りる可能性もある。フェンラールさんから聞いたにはあそこは気密が確保されていて、宇宙人類でも生存できる環境にあるそうだ。地上の物資を活用できる施設があるから、月にいるより生存率が高くなる。」

 ラナンは一言面倒と口にする。

 しかし、地球を救うなら、面倒ごとに首を突っ込むしかない。

 イサ達の対策会議は熱を帯びてきた。



 地球の問題は宇宙人類のプレイヤーだけでなく、人型生物兵器ジョカの問題もある。因子汚染がかなり広がっている。

 アマテラス銀河連合の方針としては、ジョカを殲滅する必要がある。全部が全部殺す必要はないが、殺さないとなると、遺伝子の組み換えと精神体の正常化の双方を同時にやる施設を造る必要がでてくる。

 予算的にできないわけではないが、問題は地球が細分化された国家の集まりだという事だ。言語すらも国ごとに違い、文化も違う。

 最終的には惑星の国家を統一し、それをアマテラス銀河連合の保護国にする必要がある。

 そう考えると、世界統一にむけて動いているジョカの国家の利用価値もないわけではないが、優先順位的にジョカの殲滅のほうが優先度が高い。ジョカとの混血でできた半島系の人種も殲滅対象に入っているのはもちろんだが、現状の日本をとりまく環境を考えるとすぐに殲滅とはいかないだろう。

 なにせ日本国内にかなりジョカとジョカの因子が浸透してしまっている。

 神功皇后の三韓討伐のときにトドメをさして殲滅しておいてほしかったというのは正直な思いだ。


 混血で生まれた半ジョカともいうべき存在はジョカに隷属する特性を持つ。そしてその元ととなった人類を排外する特性を持つ。

 半島の民族は半ジョカであり、日本人とジョカの混血で生じている。

 基本的に信用はできない人種というわけだ。

 主なこれらの殲滅をいかにして行うかが問題である。見た目が人間である以上同情する人間が多いだろう。そこがまた問題である。


 あと日本人の出生率を回復するために日本人に対してヘテロザイゴートが多くなるように設計されて作られたユダヤにおいてもジョカの侵食はある。パリサイと呼ばれる存在がこれにあたる。

 どちらも半ジョカの特性が一致しているだろう。勢いと屁理屈で相手を圧倒したがり、マウントを取りたがる特質だ。

 合理的な判断に重きを置く日本人やユダヤにとっては天敵といっていいだろう。

 さも合理的なように詭弁をもてあそび、相手を追い詰めていくのだから。実際は合理性が皆無である。

 つまりこれもジョカの侵食行動の一つである。


「プレイヤーの精神体にジョカ因子の汚染を確認したと宇宙警察から連絡がいまありました。」

 ラキの報告にイサは恐れていたことが現実にあったというこを再確認する。つまり、ライドオンの器材にジョカの脳髄を利用したコンピューターシステムが利用されていたということだ。

 月の表層のシステムにジョカの脳髄を珪素置換したジェムシステムか、あるいは生体そのままを用いたジョカの生体コンピューターが用いられている可能性が高い。

 これは外部からのコネクトを図った際に、侵食される危険性がある。

「面倒に面倒を重ねられましたね。救出作戦がさらに困難になってます。」

 ジョカの侵食を受けるとなにが問題かといえば、合理的判断ができなくなるということが一番の問題だ。そして次に、侵食者の総和として自滅行為に走っていくということも挙げられる。

 これは高度化された文明であればあるほどその維持が困難になることを意味する。

 さらにそれがいみすることは文明の進化の限界を決められてしまうということでもある。

 宇宙進出には思考の強化システムが必須であるが、これは生命の基礎命令と矛盾しないように人間の思考システムにAIを追加する必要もある。ジョカの汚染があるとまずこれができない。

 次に、外部のコンピューターシステムと思考の結合を行わせ、高速に情報処理を行わせる思考結合システムがあるが、ジョカの侵食をうけていると、これも妨害されて、思考命令が暴走する。

 こうなると思考制御で行わないとタスクが多すぎて現実的でなくなる宇宙船の制御システムが運用できない。

 宇宙船が思考制御で運用できないと、戦闘機動がまともに行なえる宇宙船が存在しなくなる。

 戦力的にもまず勝てなくなる。

 この戦闘機動ができないという部分が特に通商連合の連中には要なのだろう。これにより地球人類を地上に押し込めておくことができるからだ。

 ジョカ自体は単体では宇宙を遠距離移動するのが困難なわけだ。

 それに自分達への反抗を事実上不可能にもできる。まあ、アマテラス銀河連合が介在しなければという条件付きだが。

 イサはコイルプラズマキャノンの制作を地上で進めるように情報をばらまいてきた。これが可能になれば、すくなくても通商連合やシリウス王国の戦闘宇宙艦を沈めることも可能になるからだ。これには電磁場のコイル制御だけでなくレーザー技術が重要である。背後からレーザーマニュピュレーターで制御されたプラズマ粒子が標的点で最大の効果をもたらすようにする。

 まあ・・問題はジョカの侵食があるから、人に直接運用させると遅すぎて命中しないので、AI自体で自動運用に近い形で制御系に組み込む必要があることだ。

 ここのところがネックではある。おそらく通商連合勢力はAIを暴走させるように小細工をしてくるはずだ。それをどうにかはねのけさせる必要がある。

 迎撃が可能なら、まだいくらかの対処の仕様がある。

 すくなくても三万年前などに地上を硬γ線ビームで焼き尽くされたような状況は回避できるはずだ。

 三万年前は攻撃が通用しない大型戦艦を地球軌道にのせてそこからシリウス王国が一方的に攻撃してきた。

 ミサイルなどは重力場シールドのせいで信管が働くこともなく受け流された。手動で核ミサイルを撃ち込んでどうにかダメージを少し与えた程度だった。

 核兵器をことさら廃絶させようとかれらがするのも、自分たちの船に損害を与えれる技術だからだ。

 水爆などの核融合弾なら、かなり損害を与えれる可能性が高い。ただ信管のしくみがうまくいかないので時限信管などで爆発させて宇宙船に損害を与える必要がある。

 まあ、水爆や硬γ線や硬X線レーザービーム砲ではアマテラス銀河連合の船には民間船ですら損傷はあたえれないのだけど。

 スペースデブリの問題を気にしないのであれば、ある程度の範囲の地球のまわりにAIの判断で爆発する、三重水素核融合爆雷をしかけておくというのは手ではある。

 重力場感知信管を実現できればこの問題は解決するが、技術的なハードルが高いのだ。



 次の手を考えると、水星か金星を堕とすか、月を直接おとすかの選択になる。

 ただ、いずれもが地球の地上の人類に露見するだろう。それが予想外の反応を示すだろうし、アッケドンの残党がどう反応するか予断を許さない。

 イサ達は難しい選択を迫られていた。

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