第21話 元貴族の意地

天の川銀河南西宙域γセクター・旧トライデン王国領ベナッサー星系・惑星ラマヌーク。

ベルンスト大陸東岸・新入職拠点κ3仮設住宅街・仮設公民館。


 公民館の会議室で二人の男性がテーブルの上の地図を眺めていた。

「ようやく惑星への降下しての活動が始まるな。」

 イワンの言葉にアレスター・ベンノも頷いた。

「ここまでが長かったですね。我々に街の設計権が与えられるとは思いませんでしたが・・。」

「もっとも最初だけだ。それもこの地区のみだし。領民たちの地区は国の派遣した管理官がやるようだ。」

「我々が貴族階級にあったことを考慮しての事かもしれませんね。」

「共和制国家とはいえ、向こうは色々ノウハウを持っているのだろう。貴族の相手も慣れてるのだろうな。ただなぁ・・・正直、この最初の仕事は面倒が多い。祖国では同じ派閥とはいえ・・・貴族にとって権威が重要だからな。」

「お察しします。」

 イワンにとって都市や地区の設計は貴族の教養として持っていたが、なかなか使う場面は少なかった。たいていの場合、先祖代々の土地や街を管理する形で、再開発をするぐらいで、一からの設計となると初めての体験だった。

 おまけに今回与えられている資材はアマテラス銀河連合の資材で、種類は豊富だが、祖国の資材とは色々使い勝手が違う。

 地区の土地の分配をどうするかが問題だ。一応一般市民になったのだからなるべく平等に区割りすることもできるが、逆に祖国での立場での区割りにすることもできる。イワンとしてはどちらが面倒が少ないか迷いどころだ。

 平等に区割りすればそれは政府に帰属しようとする努力が評価されるだろう。しかし、そうなると今までついてきてくれた仲間たちの不平不満を呼ぶことになる。

 波風を少なくするなら祖国での立場によって区割りするほうが安全だ。

 迷った末、祖国での立場をもとに区割りをすることに決め、アレスターに仲間を呼びに行かせた。

 貴族の仲間といっても階級差があり、階級により発言権に差がつけられるのが貴族社会だ。

 最終的には仲間内では最高位の爵位をもちなおかつ盟主であるイワンの意見が通ることになるが、盟主というのは、一番最後に全体を通して調節した意見を言うものとされることが多い。したがって個人的な意見を一番反映させにくい立場だ。

 補佐をやっているアレスターも似たような立場と言える。

 会議室にぞろぞろ集まった面々は、それぞれの区割りについていろいろ意見をあげていく。そしてこういう時に街の設計を行っていた技術職の貴族が微調整をかけていき、可能か不可かを判断し、それをアレスターが全体としての意見として出していく。

 階級差があるとはいえ、意見がぶつかり合うこともよくある。

 そういうときに胃が痛い思いをするのは盟主とその補佐役なのが実際のところだ。

 今回もレスター伯爵とメレマシー辺境伯という、階級差がある二人が意見をぶつけ合っていた。

 レスター伯爵は区割りを格子状にした割と合理的な区割りを提案していた。一方のメレマシー辺境伯は、中心を区議会などの公共施設を集中させ、同心円状に中心ほど身分が高くなるようにした区割りを提案していた。

 すでにほかの地区の区割りは提出されており、それに合わせて道路も作られる。すでに幹線道路の通る場所も決まっている。

 道路の配置から考えればレスター伯爵の提案のほうが現実的だ。メレマシー辺境伯の意見だと、幹線道路を地下に潜らせるなどの余計な作業が増える。予算が余計にかかることになる。

 国から与えられている予算の全体額は決まっている。ここで道路などの敷設費を増やせば、その分各自の家屋などに掛けれる予算が減ることになる。

 しかしメレマシー辺境伯は、貴族出身者として我々が存在した証拠を区割りとして残すべきだと強弁した。

 イワンとしては本心ではレスター伯爵の意見に賛成だったが、レスター伯爵より上の階級のメレマシー辺境伯を盟主としてはおざなりにはできない。

 迷った末に秘密投票で決することにした。

 投票に三日ほどかけて意見をまとめたところメレマシー辺境伯の意見が通ることになった。ただし、道路敷設の経路などで微調整を加えることとなった。

「やれやれ・・・・おかげで個人に分配する分の予算が減って家屋が寂しいことになること請け合いだな・・・・・。」

「仕方ありません。まあ、そちらはあとで個人で頑張ってもらうべき事かと。威を示すのは貴族個人の努力義務ですから。」

「しかし、地区を壁で囲むとかレンシー男爵に言われた時、正直怒鳴りそうになった。そんなことをすればほかの区長から非難ごうごうだろうに・・・・。」

「我々が区長を務めるのも建設期間がおわるまでですからね。」

「わしは一応知識挿入などで管理官学校入試の準備をしている。息子にも準備を進めるよう指示をだしている。」

 アレスターは驚いた様子だった。

「侯爵、わざわざ火中の栗を拾うような真似をしなくてもよろしいのでは?」

「一応皆をここまで連れてきた責任位ははたさんとな。一市民になるとはいえ、管理官になれば政治への道が開かれる。わしらイラリオン王国ベマシー派貴族の残滓くらいはのこさんとな。」

「本国に残っている連中に利用されませんか?」

「利用しようとしてくるだろうな・・・だがな、逆に我々を追い出した連中に威を示す絶好の機会になるとは思う。聞いたか?通常の併合では最低十年間はそこの星系から管理官学校への入学は許可されない。つまりだ、我々が難民としてここに入植できたことは存外有利に働くわけだ。入植惑星の場合、許可されるのは入植後五年だ。」

「最低五年は相手を利用できるわけですか・・・。その間に権威を高めれば立場の逆転は可能ですね。」

「もっとも、法律的にそこまで露骨なことはできんがな。しかし、違反するような帰属をしないような対応はしなくても、祖国の連中は理解していまい。大方反乱騒ぎとかを起こして、我々に助力を求めてくることは容易に考えられる。」

「しかし、それでは・・・。」

「我々を受け入れてくれたアマテラス銀河連合を裏切りはせんよ。容易に叛乱扱いでつぶされるのが火を見るよりあきらかだからな。むしろ逆だ、叛乱を企図している連中の情報を集めそれをこちらの監査局ないし宇宙警察に流す。必要なのは我々がここに別の存在として血脈を保つことだ。祖国の連中にはせいぜい我々の出世の糧になってもらうさ。」

「そこまでお考えですか。」

「我ながら悪辣だとは思うがな・・・・。」

「いえ、我々を追い出した連中には良い薬かと思います。」

 イワンはアレスターの言葉に思わず苦笑した。





 同惑星軌道上・武装輸送船プリウム一世。

 フェンラールが指揮所の艦長の席でほっと息を吐きだした。

「やっと戻ってこれた。」

 ピーリンがそこに声をあげる。

「お嬢様、管制移民船より降下許可下りました。」

「えっと、配達先はベルンスト大陸東岸・新入職拠点κ3ね。」

 プリウム一世は降下を開始する。

 船の移動手段でもあり防御手段でもある重力場フィールドは相対速度を外部に対して与え、物質の相互作用の干渉性をなくすので、降下中も周りの大気との間に摩擦さえ生まない。

 一分もしないうちに目的地の仮設空港というわりには立派な施設に降下し、着陸する。

 すぐに検疫が行われ、それが終わると資材の運び出しが開始された。

 フェンラールは資材の運び出しが終わるのを待っていたが、そこに移民船団の船団長から連絡が入る。

『よぅ?』

「なにかよぉですか?こっちは大変だったんですよ?」

『まあ、そういうな。新しい仕事だ。そっちに入植しているのは元イラリオン王国の入植団だってのはしってるよな?』

「はいまぁ。」

『そこの元お貴族様が、家屋の材料とか家財道具に不満があるらしい。おまえさんそっち関係に詳しいだろ?』

「なんですか、それは・・・。私もこっちに来てそんなに日は立ってませんよ。まあ、官庁街近くのお洒落な家具屋とかは知ってますけど・・・。家屋の素材ねぇ。」

『悪いが向こうの担当者と話をして、必要な資材を調達してきてほしい。予算の割り当てはこれくらいだな?』

「微妙な数字ですね。どの程度の量を調達するかにもよりますけど・・・・。」

『そこらへんは任せる。正直、アンティーク調の家具なんてさっぱりでな。』

「まあ、言いたいことはわかりますが・・・私も元軍人でしてねぇ・・・そういう方面には詳しくはないんですよ?」

『・・・・元王族なのに?』

「王族といっても実務担当ですからね。そういう華やかな場所とは無縁でしたから。」

『それでも俺が調べるよりはましそうだ。まかせる!』

「・・・・・貸ひとつですよ?」

『しゃーねぇなぁ。』

 通信が切れるとフェンラールはため息をついた。

「さてと、先方に連絡をいれますか~。」

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