第19話 出兵の影響

 アマテラス銀河連合大統領ティアット・アマガサキがテネル銀河への出兵の大統領令に署名をする場面をイサは執務机に座りながら、目の前のディスプレイで眺めていた。

 今回は議会に押されての大統領令に近い。軍事については大統領に専任権があるため、議会の議決による出兵議決は法的な拘束力を持たない。しかし、議会が大統領令の発布を促す意味は大きい。民意が出兵を促しているからだ。

 今回の決定はイサの統治する天の川銀河に影響が非常に大きい。銀河団が異なるとはいえ、現状では最も近い銀河なのだ。

 現在、天の川銀河に派遣されているアマテラス銀河連合の艦隊は遊撃艦隊で、実質的には攻撃的な艦隊だ。防衛には不向きである。

 そのため総指揮官のタサ・ナキ五等将からは、配置転換願いが再三にわたってだされている。イサのほうとしても一部艦隊を除いて配置転換に応じたいのが本音だが、中央の艦隊司令部との折衝ではあまりよい返事はもらえてない。

 育休で休暇をとったサカキ四等将銀河防衛司令の後釜に遊撃艦隊の分艦隊の司令であるライニールをタサより階級がしたにもかかわらずおいているのはそのためだったりする。

 実質的に防衛総司令になってるのはタサ・ナキ五等将というわけだ。

 タサからは周辺宙域での戦闘行為の申請が出ている。イサからしても管理官の先輩にあたるタサにあまり強くは言いにくいが、実際のところ軍事に関わる雑事のほとんどをタサの派遣艦隊司令部に任せて居られるおかげで助かってるの事実だ。

「タサ先輩は、中はライニール先輩に任せて、外の戦域をまるっと攻略したいみたいですね。」

 わきの申請文をのぞき込んでいたラナンの言葉にイサは思わず苦笑する。

「タサ先輩はこまごまとした折衝ごとがいやなんだろうなぁ。銀河の外での戦争ならあんまり政治的なことをかんがえないですむから。」

 ラナンも苦笑する。

「そうですね。・・・・それはそうと南西宙域への入植申請がイラリオン王国・新天地開拓船団から出てた件ですが、いかがなさるんですか?」

「わざわざ統合事業の邪魔になる新たな国家の参入を認めるわけはない・・・というか外務省がけっぱななした。で、うちの母艦に居座ってるわけだが・・・。難民亡命を勧めようかと思う。」

 ラナンが目を瞬かせた。

「・・・それって相手のプライドおもいきり逆なでしませんか?」

「するだろうね。だけど、その開拓団が本国から捨てられたという事のウラどりがとれた。参加者達からの聞き取り調査だけでなく、現地に偵察艦をライニールが送って調査してくれた。おかげで酒おごることになったが・・・。」

「先輩も、ライニール先輩をいいようにつかってますね?」

 ラナンの声は呆れた様子を隠さなかった。



 天の川銀河中央星系中央惑星クラヌスの衛星軌道・多目的母艦ニガラウェイ。

「それで、ここの政府の長はわし達に難民亡命しろと?」

 イワンの声にベンノ伯爵は首を振りつつ付け加えた。

「政府機関と法律はあちらが一切合切用意するので、一般民として入植するなら認めると。あとこちらの事情は向こうに把握されているようです。」

 これ以上、ここで粘るのも限界がきているとベンノ伯爵は考えていた。侯爵であり、移民船団の長であるイワンの言いたいことも分かる。新天地を開拓し、自分たちの国を作るというのが自分たちのすがってきた希望だったのにそれを捨てろと言われたわけだ。

 だが、向こうの厚意にすがって今は生活している。移民船団が収容されたこのニガラウェイで生活するようになって、自分たちの目指した王政とはなんだったのかを突き付けられた気がする。

 高貴なる務めを果たす理想的な君主と貴族になり、民を導いていくというのが自分たちの抱いていたビジョンだ。だが、ここでは民自身が学び考え、そして自らを導いている。しかも、こちらの想像をはるかに超えてだ。

 理想的な政体とはなにかを突き詰めて考えていく必要がある。

 アマテラス銀河連合の教導官から政体の移り変わりや進化についての授業をうけてそのことがより切実に突き詰められてきた。

 直接民主制は原始的な小さな集落だけの村落国家で始まるが、それを惑星上の国家レベルで考え、効率化していくと封建制が有利となり、それをさらに効率化していくと絶対王政となる。

 ここで間接民主制の導入が可能になる社会段階となるが、決してそれは社会効率をあげない点に留意しないければならない。工場制機械工業段階で富裕層が生まれ、それまでの貴族の半分くらいが没落する。そして貧富の格差が拡大していく。

 ここでうまく調整できる王政府なら問題はないが、そうでない場合、革命がおこり、文明的には後退してしまう事が頻発する。

 よく革命は正義だなんて主張があるが、それはまやかしにすぎないわけだ。

 そして社会の技術が進むと、その技術の方向性で適正な政治形態が変わるのである。

 基本的に健全に文明が成長すれば、ここで間接民主制が社会活力を得ていく段階となる。しかし、技術により絶対王政国家のほうが良い場合もある。

 民主制は良くも悪くも民衆に負担を強いる。それが社会活力の低下をもたらす場合もえてして多い。社会制度が整わないと衆愚がまかり通ることになり、国や文明が衰退する。

 また、国の運営においてこのあたりから即断即決が求められる場面が増えていく。独裁権をもった首長が必要とされる段階となる。この首長が世襲の絶対王か、選挙で選ばれた大統領であるかは問わない。

 選挙の公正さを保てるかどうかが民主制の場合要となる。王政の場合、王の権威を維持できるかどうかが焦点だろう。

 集団独裁体制という場合もあるかもしれないが、これは責任の擦り付けあいや、腐敗が進むだけなので最悪の政治形態だと言える。独裁権をもっていれば、独裁権者が責任者であるため、修正がかけやすい。独裁権者が複数いるとこれは政治混迷を生み出すだけになる。

 そして技術的に星一個の統治までくると、通信インフラもすすんでないと成り立たず、意思の疎通の効率化がより求められる。

 恒星系の統治までくると、民衆の要望を制御しうる政治形態である必要が出てくる。無理な要望にはノーを突き付けられるほどの政治的指導力が求められる。このあたりから王政では無理がかかるようになり、王政だと貴族による分離独立などが頻発するようになり不安定化しやすい。情報格差をつくって制御したがるきらいが強いからだ。

 逆に民主制だと情報格差は社会の分断を生むだけなので、排除していく必要が出てくる。

 これが恒星間国家レベルとなると王政国家は非常につらい統制を行うための努力を強いられる。そのために社会活性を落とさざるを得なくなる。これは国力の低下にすぐに結びつく。

 それゆえに恒星間国家レベル以上では民主共和制でなければならないとアマテラス銀河連合では規定しているのである。


 教導官の論説にベンノ伯爵は正直頷かざるを得ない場面がいくつもあった。

 高い科学技術力があるなら、なにも王政にする必要はないのである。

 結局、移民船の幹部会議で難民申請して、天の川銀河の南西域の恒星系の再開拓にアマテラス銀河連合の移民船団とともに向かうことが決定した。

 また、アマテラス銀河連合からの提案で、今まで乗ってきた船は廃棄し、多目的母艦ニガラウェイの居住区に移民船の参加者すべてを移すことが決まった。

 貴族籍にあった面々も、一般民扱いとなり、居住区に一軒家くらいの規模の部屋を与えられた。これは平民であった人々も同じだった。

 それと同時に全員に知識挿入を行い、アマテラス銀河連合の法律、科学技術の一部、社会学などを詰め込まれることとなった。


 イワンは、元貴族が集められた区画の区長に席に収まった。副区長はベンノでいままでとそうは変わらないが、平民たちに責任を背負う必要がなくなってすこし、肩の力が抜けたイワンだった。


 ニガラウェイの艦長であるトイ・ハクスウェルは事が穏便におさまってほっとしていた。時々、こういう別文明の国家を拿捕したり保護すると、騒ぎを起こして、船をうばおうとしたりすることがままある。

 ベンノ伯爵がいろいろつなぎをとってくれて助かったというのが正直なところだ。


 ニガラウェイは先に出発している移民船団に合流する予定だ。

 向こうで何が待ってるか、楽しみではあるが同時に不安でもある。あちらにある居住可能惑星のほとんどが核熱波の被害で酷いことになっている。頑丈な建物は残っているが、生存者がどれだけ残っているかも不明だ。

 生存者がいたらいたらで入植に問題は出るが、こればかりは仕方がない。

 コーヒーで口を湿らせつつ、艦長室でトイは先行きに思いをはせていた。 

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