第16話 フェンラールの道行

 その日、元シリウス王国第十三王女だったフェンラールの一行は、ようやく行政局と宇宙警察からの許可が下りて、貨客船プリウム一世号に乗り込んで、仕事の準備に追われていた。

 宇宙船の操船免許をとり、貨客船の営業許可も内務省船舶局からおりていたが、テロの可能性が高いと首都ミネアリア・テラスに留め置かれたままだった。

 幸い資金に余裕があり、暇つぶしする分には自由はきいたが、さすがに半年以上留め置かれると、いくら刺激的な次元宇宙で最大の都市といっても飽きが来る。

 暇つぶしにと管理官学校の入試試験の勉強をしてみたりもしたが、必要な記憶挿入を行う費用が馬鹿にならず、結局、映画などを見て暇つぶしをするばかりの日々を過ごしていたのだ。

 それがようやくおわりやっと自分の船に乗れるようになり、一同は楽しくて仕方なかった。


「お嬢様、やはり管理官学校の入学はしないのですか?」

「う~ん・・・しばらくはパスだね。記憶挿入の費用も馬鹿にならないし・・・・・稼いでもうちょっと余裕ができたらやるかもしれない。」

 フェンラールの侍女長だったピーリンの言葉にフェンラールはそう返す。正直しばらくは政治と関わりたくないのが本音だ。

 天の川銀河のクラヌスにいた頃にイサから記憶挿入の提案があったにもかかわらず断ったのはその事が大きい。

 そのうえ故郷は首都天狼星以外壊滅状態だ。天の川銀河自体にも一般船舶の渡航制限かかけられている。制限がかかるのも無理はないなと思ったフェンラールだ。

 今回は貨客船協会という同業者組合に加入したことで、そこから仕事の斡旋をうけていた。運ぶのは民間用の次元航行システムのコア機材を三百ほどだ。行先はミヤッコ星系で、隣の次元領域にある宇宙の星系だ。


 出航の準備が整い、出航リクエストを港湾管理部に出す。許可がおりて、港湾AIによる自動操縦でミネアリア・テラス一番埠頭を出航していくプリウム一世号だった。


 惑星軌道に上がると、いくつもの船が行き来している様子がはっきりとわかる。惑星軌道上の宇宙港を横目で見つつ、さらに上昇する。そしてそこから、次元航行システムを起動する。プリウム一世が外部から見えにくくなる。まるで透明にでもなったかのような状態になりそれが次の瞬間完全に消える。

「散々練習したけど、この次元航行ってやつは最高ね。」

「まあ、そうですね。故郷の銀河なら端から端にいくのに一瞬ですしね。」

「アマテラス銀河連合がいかに広大な領土をもつかって話よね。依頼を受けた届け先まで二日か。」

 外を映し出すモニターには真っ黒い宇宙と星々が映っているが、これは次元航行で別次元の宇宙を航行しているからだ。次元の壁を超えるとそこにあるのもまた普通の宇宙なのだ。

 どこの宇宙に同期して移動するかというのが船乗りの腕の見せ所になる。現在移動している宇宙は船の行き来が激しい。主要交通網の一角だ。

 宇宙自体も時空次元を移動していて、大体は長大な楕円軌道ないし円軌道をとって公転している。その公転速度はとても速く、同期するとあっという間に別の次元座標に移動させられる。これを次元同期といい、直接時空次元の空間をいどうするより、公転する宇宙に次元同期をうまく使ったほうが消費エネルギーを節約できる。

 もちろん、軍艦などはそういうのを丸っと無視して更に高次の次元移動をしているが・・。

 今回の旅はそういう次元同期をテストするための旅だといって良い。どこにどうう宇宙があり、それがいま時空次元のどのあたりをどの方向へ公転しているかを知り、それに合わせて航路を設定し、目的宇宙への最短距離を導き出す。

 一つの宇宙しか知らなかった未開惑星の出身者としてはこのあたりの航行方法が新鮮にかんじており、移動するたのしみでもあった。

 都合二日間の宇宙旅行は案外あっさりと終わった。

 目的の宇宙に到着し、目的の銀河へ低次の時空間移動で移動する。ミヤッコ星系まで微調整しつつ次元移動をおこない到着した。

 相手方に連絡し、港の自動積み込み積み出しシステムで物資を引き渡した。

 取引も画面越しで完結する。

 次の仕事を探すまでの間、フェンラール達はミヤッコ星系の惑星ツカサの工業製品のショールーム街を観光でまわることにしていた。

 それというのもミヤッコ星系は造船業で成り立っている星系で、民間の造船ドックのほか、軍の造船工廠もある。今回運んだシステムも民間の造船所で使う中心部材だ。

 普通なら、専属契約している運送会社が運ぶところだが、どうも船が足らず、そのためにピンチヒッター的に依頼されたらしい。

 専属契約しているのに船が足りないとはどういう事だとフェンラールは思わなくもなかったが、ビジネスであまり深入りするのは得策ではないとクラヌスでの研修で習ったので、違和感を感じつつも依頼を受けた経緯があった。

 画面越しだが、相手方の造船所の所長にはかなり感謝された。

 しかし、このままだと出会いがないなぁと正直思う。

 仕事で見つかるかもしれないと部下達は言ったが、仕事が画面越しで完結している以上どうにもならない気がした。


 ショールーム街では色々な艦船のミニチュアや実際の船室のモデルルームなどが展示されていた。そのほかに武器の展示場もあったりした。

 武器の展示場には入るのにも許可証がいるが、幸いフェンラール達はその許可証を持っている。

 シリウス軍にいたころからフェンラールには一度アマテラス銀河連合の武器の仕様をみてみたいという思いがあった。

 基本的に重力フィールドを如何に突破するかを主題にした艦載兵器が多かった。あるいは逆に敵の攻撃を如何に防ぐ重力フィールドを作るかというのが命題のようだった。

 重力フィールドは基本的にその表目の相対速度に同期させられると突破が可能になる。あるいは、外部からレーザーの精密照射で重力フィールドを形成する原子を操作して突破にするか。あるいは力業で干渉可能な範囲の相対速度をもつ粒子散乱をおこさせる・・・この場合核融合爆発やプラズマビームをぶつける、別の重力フィールドをぶつけるのがこれにあたる。この三つが突破の大体の方法となる。

 防御側は相対速度に同期させられないように表面原子の状態を不規則な変化をあたえて防御する、強い励起システムで操作出力で押し切る、フィールド自体を多重化するといった方法が代表的になる。

 防御側の同期させられないようにする方法はその組み方が暗号化と同じなので、別名暗号化シールドと呼ばれる。


 アマテラス銀河連合の軍用船は防御用の方法を多重に用いており、暗号化、出力強化、多重化の三つがくみあわされ、強烈なフィールドを形成しているのである。それゆえに超新星爆発やビックバーンの爆発、次元崩壊爆発にすら耐えるフィールドを形成しているのである。


 仕様をよんだフェンラールはなるほどと頷いていた。移動手段としての確立が不完全な重力フィールドしかつくれないシリウスの科学力ではこれは突破できない。防御手段としてのフィールド形成の技術が足りてない。

(というかこれを相手に戦争しようとか共和国の連中正気か?民間船あいてにすら負けるぞ。テネル銀河の連中も馬鹿をしでかしたね・・・・・・・。)

 そんあ感傷に浸ってるときに不意に隣にいた部下のひとりが声をかけてきた。

「お嬢様、先日の取引先のタカミヤ重工から連絡です。」

「ん?なにか荷物に不都合があったのかな?」

「そうではなくて・・・・移民船団に参加しないかとのお誘いです。」

 フェンラールはへ?っと一瞬茫然とした。

「・・・ちょいまち・・・・・いま移民船団っていった?」

「はい。天の川銀河の再開発星域に対する移民船団に参加し、できれば道案内を頼みたいと・・・。」

 フェンラールは情報が向こうに漏れてることに一瞬苦い顔になった。

「どうして、私たちの情報が洩れてる?」

「・・・・それがそのう・・・・・行政局からの紹介状が添付されてました。もちろん向こうは口外しないと誓約書も送ってきてます。」

 どうやらアマテラス銀河連合もただ飯を食わせてくれるばかりではないらしい。使えるものはなんでも使う方針のようだ。

「・・・ことわれないじゃんそれ・・・・。」

 フェンラールは大きくため息をついた。


 移民局では今度の移民船団派遣に人材を集めるべく局長のイワクニ・アマメ自ら辣腕をふるっていた。

 そのなかで首都星系近辺にいる貴重な天の川銀河出身者をかき集めていた。

「局長、フェンラール・アルドネスさんから参加可能とのご返事をいただきました。」

「それはよかった。道先案内人がいるかいないかで成功の可否がかわるからな。」

「しかし、行政局に手をまわしたのはちょっとやりすぎでは・・・。」

「同じ内務省の部局だ。いまさらなにを遠慮する必要がある?」

「ただ、できる限りシリウス星系には近寄りたくないとの要望がきてますが・・・。」

「シリウス星系は再生局が担当している。補給による場所でもないからその辺は大丈夫だ。むこうに謝意といっしょにつたえておけ。」

「わかりました。」



 一方、タカミヤ重工の会議室では、移民船団に参加する船の選定や外部参加者であるフェンラールのピリウム一世号らの割り振りについて話し合いがもたれていた。

「となるとアルドネスさんの船はそれなりに戦力になりそうですね。輸送艦としてはかなり堅そうですし、砲艦として用いれないこともない気がしますね。」

「・・・うちは戦闘については自己防衛ぐらいしかしませんよ。防衛戦力とするなら他あたってください。」

 フェンラールはばっさり言い返した。そもそも元駆逐艦とはいえ、駆逐艦としての戦力のほとんどを占めていたミサイルサイロは撤去してしまっているのだ。プラズマビーム砲は三連装が三つで九門あるが、あくまで対宙賊用の威嚇射撃向きだ。

「まあ・・・それならそれで貨客船としてそのまま用いるのでかまいませんよ。」

 そもそも民間の企業の集まりでなぜ移民船団の話し合いをしているのか、それが意味不明だった。その点について聞くと、移民船団は外部委託される分が少なからずあるそうだ。開拓の報酬として惑星や小惑星での採掘権や街の造成権などをえられることもあり、企業連合としては躍進のチャンスなのだそうだ。

 フェンラールはどうにか開拓資材の移送任務をもぎとることができた。貢献度はそれほど得られないが割と安全で楽な仕事だ。

 これが移民の運送業務とかになるとまた船の改装をしないといけなくなる。長期間ほかの人間を滞在させるとなるとそれなりのノウハウが必要でもある。おまけにそうなると船に三級以上の管理官資格をもつものがいないと、別に責任者として管理官資格者をおかないといけなくなる。

 フェンラールとしては人が増えると面倒ごとが倍化するのは目に見えていたのでそれだけは避けたかった。

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