第一章 天の川銀河

第2話 天の川銀河中央星系クラヌスでの出来事

 天の川銀河歴10458年四月三日、この日一人の青年が天の川銀河中央政治惑星であるクラヌスに往還シャトル便から降り立った。


 青年は名をイサ・ナギ・アマナギ・ヤゴコロオモイカネとよび、銀河連合ではわりとありふれた名前だだった。


「さてと・・・・・今回のオーダーは監査官としてここの不正をはもとより、人間牧場の摘発だからな・・・・・気合いいれないとだな。問題は現地の支局がまともに使える状態かだな。」


 アマテラス銀河連合では転生システムを実用化して長い期間運用しており、国籍のある国民すべての転生を管理しつつ行っていた。

 ただ、地方銀河レベルでは、目的星系での転生を行うのに、管理している銀河の役所で経路を設定する必要があった。技術的には中央次元宇宙から操作できなわけではないが、地方政府に余計ないさかいを発生させないために管理官のマニュアルでは地方銀河中央星系で転生処理を申請することを推奨していた。


(まあ、ここで申請が通るかも試金石にはなるよな。普通監査官がきてはねられるようだとおしまいだしなぁ。)


 イサは細面の顔をしかめつつ、直属の上司ではなく監査局最高幹部の監査局長直々の指令を思い出していた。


 ふつう監査局の仕事の割り振りはグループごとであり、それもグループの班長にその上の係長クラスからの命令だ。ところが今回、閣僚級の監査局長直々にイサの特別捜査第五班に命令が下された。


 イサのいる第八係は別名後始末係とよばれ、穏便にほかの係が解決できなかった事案を強硬に解決するのを目的とした、日本の検察で言えば特捜部のような部署だ。

 ただ、日本の検察の特捜部ような花形とはいえず、残飯あさりと揶揄されることもままあった。


(上の連中なにをかくしてやがるんだかな。局長も憶測でしかないと言っていたが・・・・・仮にそれが事実だとすると・・・最悪星系ごと処分されかねんな。)


 イサが与えられた情報によると、ここ天の川銀河では宙賊取り締まりがここ百年うまくいっておらず、予算は増額され続けている。一方で何故か無人艦隊による宙賊の撃破スコアは変わっていない。無人艦隊は中央次元宇宙の司法省宇宙警察本局の管轄で、地方政府は関与できない仕組みになっている。


 無人艦隊の撃破スコアが変わってないということは、宙賊被害そのものは変わっていないはずということになる。そうすると増額されたその予算のいくさきが問題となる。


 イサは現場班の拠点を開くために先行して、この天の川銀河中央星系惑星クラヌスの宇宙管理官中央ビルに向かっていた。

 幸い、地上宇宙港からそれほど離れていない。無人の半重力ビークルのタクシーに乗り込んだ。

 乗り込むと、座席の前にあるカードリーダーに自分のパスカードを通して、空間情報システムの神経外接続でつないで行先を入力する。

(すでに監査局本星から申請は通ってるとはいってたが・・・はてさて、こんな辺境でまともな環境を確保できるのだか?)

 しばらくして、目的のビルのなかのエントランスに到着する。しかし、様子を見てイサは怪訝な顔になった。

(ガードロボットすらおいてないって・・・・・)

 公官庁の庁舎前にはガードロボットを威圧の目的でおくことが法律で決まっている。それなのにおいてないことに首をかしげる。


 空間情報システムごしにアクセスして、イサは目の前のビルの両開きの透明な自動扉を開けた。



 その様子を少し離れた場所から、ひとりの女性が首をかしげてみていた。

「ねぇ?また儀式式典でもあるのかしら?中央モニュメントに誰かかがはいっていったわ。」

 女性のとなりに座っていた男性は肩をすくめた。

「どうせまた自称女神様の戦意高揚式典とかだろ。」

「まぁ!あなたったら!!」

 二人はそう会話しながら立ち去って行った。


 イサのほうはビルに入って茫然としていた。

(ここに間違いはない。なのになぜ人が居ない?ビルのシステムは正常に動いている。天の川銀河全体の情報も取得できる。とりあえず目的の部屋にいってみるか・・・・・・。)


 監査局のある部屋にはいるとイサはすぐに奥のディスクに座って、情報取集を開始した。



「・・・・管理官資格者の情報がない。どれも補助管理官級のセツ・サダ・セレナ・グレンデルトの名前と職責で行政どころか司法までもが動かされている・・・・・・。代理執政官の権限については・・・緊急条項が八百年以上前に適用され、そのままとなっている・・・・・。」


 イサは机をたたいた。

「行方不明者の管理官の在籍日数が存在しない。これは・・・・・補助管理官のセツ・サダ・セレナ・グレンデルトによるクーデターだ!!」

 急いでイサは情報を中央次元宇宙にあるアマテラス銀河連合監査本局のネルス局長と直属の上司のウレア係長、それにこちらに向かっている班員全員に送った。


 すぐに局長から連絡が入り、なるべく情報を取集したのちに脱出するように勧告をうける。局長はすぐに武装強制査察団と武装司法部隊を送ると連絡してきた。


 そもそも補助管理官とは辺境地域においてのみ認められる職責で、もともと人員不足を補う目的で導入されており、本来なら管理官の職責区分に食い込むことはでいない。


 ところが緊急条項の拡大解釈で、転生業務にまでセツ・サダ・セレナ・グレンデルトの職責が及び、転生にかかわる部分がかなり壟断されていた。

 軽く調査しただけでもおそらくは反抗したとみられる人物達が辺境のさらに辺境の訳の分からない場所へ転生させられている。


 さらに局長から指示がくだされ、監査管理官の権限に基づき、天の川銀河の業務の職責をシステム的に掌握したのちに脱出することとなった。


 ディスクに手を這わせて、空間情報システムにフルアクセスし、まずはビルの職責を掌握。ビルの出入りが不可能なるようにセキュリティを設定。

 次に、銀河地方政府の職責の掌握に入り、セツ・サダ・セレナ・グレンデルトの職責をすべて解任。イサ自身は正規管理官として、天の川銀河執行管理官へ就任した。


 一通りの作業を終えて、脱出するまえに休憩するかと持ってきていたアタッシュケースを開いて中からコークと固焼きビスケットを取り出して、一服をついた。

「さてどうしたもんだか・・・・・・。」

 次の瞬間、いっきに周りに空間ディスプレイが立ち上がり、警告と警報が鳴る。

 中身を見ると、このビルにミサイルドローンによる攻撃が加えられている。そのうえ、地下通路から特殊部隊らしき人員が入り込もうとしていたのでAIが自己判断で防御シャッターをすべて下げたようだ。

「これでにげろってもなぁ・・・・・・。」



 一方外では、大型の戦闘指揮車のなかで見た目若い女性があちこちにあたりちらしていた。

「・・・・・なんなのよもう!!いままでうまくいってたのに・・・どこのどいつよ!!どうせなにもわかってない中央出身のぼっちゃんでしょ!!」

 それのわきで、三人の男女が気まずそうにしていた。

「セツ様、今回の事はどういうことでしょうか?突然、システムからセツ様のすべての役職の解任通知と・・・・・このイサとかいう管理官?のかたがこの銀河の統治者になったことを告げる通知があり・・・・・・・・・さらに・・」

「さらになによ!?」

「まあ、セツ様、おちついてください。相手が何者かはっきりしないことには対策もとれないでしょう?」

「・・・・・んなものきまっているのよ・・。中央次元宇宙から正式に派遣されてきた管理官資格者・・・・・・。」

「それは?」

「つまり銀河連合の正式な統治者ってことよ!臨時の私と違ってね!!」

「・・・わたくしどもには理解しずらいのですが・・・・銀河連合という国家は今現在存在しているのですか?」

「・・・てる」

「は?」

「存在しているっていってるの!!そして天の川銀河は銀河連合の統治下にあることになってるのよ!!私が八百年コツコツと積み上げてきたこの天の川銀河の自治が・・・・終わるっていってるの!」

「しかし、天の川銀河の私たちの直接支配宙域はクラヌスを中心とした八星系のみですが・・・・・。」

「本来の銀河連合はそのすべてを支配統治してたのよ!!そこをくずすにあたって私が!分割統治状態にして自治を実現したのよ・・・・・。それでさっきのは?」

「・・・おそれながら申し上げます。銀河連合司法局よりセツ様のクーデター実行と管理官の殺害容疑での逮捕状が出されています。加えて、治安警察による無人艦隊の派遣も決定されているとの・・・・・・。」

「無人艦隊!!?・・・・・なに考えているのよあいつら・・・・・。」

「無人艦隊とは?」

「・・・・AIにより自動で運用されている治安維持艦隊のことよ・・・・・。私たちにはメフィオスといえばわかりやすいかもね・・・・。」

「え!?」

「メ、メフィオスですか!!?あれを運用している存在が・・・・・」

「そう・・・・法を犯した存在を一切の容赦なく取り締まるあのメフィオスよ・・・・・。」

「我々はメフィオスの脅威にさらされて長年戦ってきていましたが・・・・。」

「それは連中にとっての法を私たちが犯していたから攻撃されたのよ・・・・・・。」

 セツ以外の面々は顔を見合わせた。今の言葉で、いままで犠牲になってきた人々が生まれた原因がセツにあるとはっきりしたからだ。


 しかし三人とも世間一般にセツの側近として声も顔も売れている。いまさらセツを銀河連合に差し出したとしても許されるかどうかわからない。


 すると外からたたく音がした。

なんだと、側近男性がどらを開くと、装甲服とヘルメットをかぶった男性が敬礼ののちに言った。

「攻撃ドローンがすべて停止しました。」

「え!?」

 次の瞬間、装甲車のわきのところにドローンのプラズマコイルガンによる連続射撃が加えられた。

「きゃっ!!」

「うぉ!!」

 軍人の男性が叫ぶ!

「総員退避!!総員退避!!」

 指揮車も急に動き出した。

 セツがわめく。

「ちょっと!!どこに行くつもりよ!!」

「・・セツ様、事ここにたいった以上、統治ビルのシェルターに避難されることをお勧めします。モニュメントの攻略は・・・作戦を立て直しましょう。」

「・・・・わかった。仕方ないわね・・・・。」



 イサのほうはホッと一息ついていた。

 システム的に星系内の職責はすべて掌握したが、いかんせん、実際にインフラを運用するのは人とAIだ。適宜持ち込んだAIとジェネレイターで作成したAIを割り振っていく作業を行っていた。


「しっかし・・・・システムが旧式すぎて、重いAIが動かせん・・・。システムの更新も行うか・・・・・・はぁ・・・面倒だ。・・・・・・・それと籠城するにしてもこのビルの食物生産プラントを動かさないとな・・・・・・。セツとかいうババアはなかなか面倒な性格をしてる。システムのあちこちに罠があるし・・・・・。」


 それからイサは寝袋をオフィスに広げてもぐりこみ、空間情報システムおよび銀河の管理システムにフルアクセスした。



 イサはクラヌスの各地に情報を拡散させて、アマテラス銀河連合が健在であること、セツ・サダ・セレナ・グレンデルトがそもそもの原因であることを喧伝した。


 一方のセツのほうも、銀河連合の存在を否定してみたり、自分が現人神であることを宣伝して対抗していていた。


 しかし、本職の管理官のほうがやはり有利らしく、徐々にセツの状況は悪化していった。


 一週間、イサが籠城している間に、クラヌスに銀河連合治安維持艦隊が到着し、惑星各所のみならず星系各所に人員を派遣していった。

「ったく・・・・水道インフラを爆破しやがって・・・・おかげで風呂に入れなくて散々だったぜ。」

「先輩くさーい!」

「ラナン、うっせ。」

 イサの班のチームメンバーも到着し、銀河のシステムの更新作業を開始した。捜査を行うにしてもこのままのシステムでは不都合がありすぎたからだ。その一番の理由が情報システム全体の空間情報素子の大きさが大きすぎて、情報密度が得られなかったからだ。これでは高機能なAIやAIジェネレイターを動かすことができない。


 セツのほうは、結局地域住民に拷問されているところを治安局員が見つけて確保することとなった。セツの空間情報システムは厳重にロックが施され、アクセスできないようにしたうえで、中央次元宇宙へ移送され、公開裁判にかけられることとなった。

 おそらく死刑と、精神情報記録の抹消つまり魂の抹消処分は避けられないだろう。


 そしてイサが籠城から解放されてから四日後に、統治ビルと呼ばれるセツの本拠地でそれは見つかった。


 現場にイサ達チームメンバーが総出で見に行く羽目になった。それというのも見つかったのは赤色や緑色の結晶体なのだが、これがかなりのいわくつきの代物で、それは人の脳を珪素置換することで作られた生体コンピューターだった。


 材料にされたのは今まで行方不明になっていた管理官の脳だった。セツはこれを利用することで銀河管理システムのセキュリティのホールをつき、自分の職責をあげていたのだ。そのことにより天の川銀河の転生システムに干渉していたといえる。


 それを確認した瞬間、イサは叫んだ。

「しまった!!いますぐセツ・サダのババアのアクセス記録を探せ!!」

「先輩?どういうことですか?」

「システムのあちこちに仕掛けられていたトラップ以外のシステムを解析してたんだが・・・・・・各地になにかのコピーを送るしくみになってたんだ。」

「え・・・・・それってひょっとして・・・・・。」

「間違いない。あのババアは自分の複製体を記憶をおんぞんしたままこの銀河各地に送り込んでいる。」

「班長、それ最悪ですね。」

 班員のアマ・ヒエロがため息をついた。


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