第4話 なけなしの意地

あの傘の日から、モモはカナトへの気持ちをなくそうともがいた。

自分の気持ちを誰にも勘付かれないように、徹底して言動を制御しようとした。

カナトのことを考えている自分を見つけては、好きじゃない、好きじゃないと念じた。しかし、彼が思い浮かぶ回数は減るどころか、モモが考えまいとする程、増えていくようだった。

そんな日々の中で、モモは、カナトがフウカをよく目で追っていることに気がついてしまった。

フウカとカナトの気持ちが重なるのは、時間の問題だった。


梅雨に入り、じめじめとした憂鬱な日々が続いた。

そして、その日々が明けようとしていた日曜日の夜、モモがふとスマホを手に取ると、フウカからメッセージが来ていた。

『明日の朝話したい』

モモの直感が、何の話かを悟った。

未来のことは誰もわからないとはいえ、いつかこの日が来ることを確信していた。覚悟もしていた。

それでも、胸の内で動揺が広がるのを感じた。

だけど、モモは泣かなかった。

カナトを好きにならないということは、自分が決めたことだ。

それに、どのみち自分の入る隙なんて最初からなかった、と自分に言い聞かせた。


翌日は嫌がる体に喝を入れながら、少し早めに学校へと向かった。

爽やかに晴れ渡っていて、青々とした緑の香りがモモに元気を与えてくれるようだった。

学校の最寄り駅でフウカが約束通りに待っていた。

モモは気を引き締めて勇敢に立ち向かった。

二人は並んで歩き出した。

大事な話をする時特有の、よそよそしい緊張感が張り詰めていた。

「付き合うことになった」

フウカが、友の祝福を期待する声音で報告した。

モモは自分の心臓が、どっと落ちたような気がした。けれど、動揺が顔に出ないように、特大の笑顔を作り、最大限の喜びの気持ちを込めて、

「おめでとう」

と言った。

自分が傍目にちゃんと喜べているのか、不安だった。

フウカは安心したような笑顔を浮かべて、話を続けた。

「昨日、お互いの部活後に会う約束してて、一緒に帰ったんだけどね、その時に思わずっちゃったの。そしたら、向こうも同じ気持ちだったって言ってくれてね、それで、付き合ってくださいって言われたの」

フウカは声こそ抑えていたものの、誰がどう見ても浮かれているのが明らかで、その喜びは、モモにさえも伝染した。

フウカは真っ直ぐだ。モモに対しても、カナトに対しても、自分の気持ちに対しても。そんなフウカが、モモはいつも好きで、そしていつも少し憧れていた。

モモはフウカが嬉しいのが嬉しかった。ふと、これこそが友情だというような気がした。

そのことが、何か目に見えない重いものがのしかかっていた、モモの気持ちを慰めた。


その日の本当の試練は、カナトにお祝いを伝えることだった。

フウカが今朝、モモに報告したということは、カナトにも伝わっているはずだ。早く言わなければ怪しまれてしまう。

そう意識する度に、カナトの座っている右側が重く、熱く感じられて、切り出せないまま終礼が終わってしまった。

各々が帰る準備を始めて、教室が騒がしくなる。

今だ。今しかない。

思い切って、カナトの方を向いた。

カナトも気づいて、モモに向き合った。

顔だけじゃなくて、わざわざ体ごとこちらを向いてくれるカナトが、好きだと思った。

視線がぶつかりあう。

話そうとしているのを察して、ちゃんと聞こうとしてくれるカナトが、好きだと思った。

今は、フウカの恋人だ。

「おめでとう」

今度は心からの笑顔で言えた。

「うん。ありがとう」

幸せを噛み締めるように答えたその人懐っこい笑顔は、モモが大好きな笑顔だった。

堪えていたものが、溢れそうになった。

だから、用事があるからと言って、早足で教室を出て帰路に着いた。


先ほどまで晴れていたのに、いつの間にか、薄暗い雲が立ち込めていた。

ポツリポツリと降り出した。

桃柄の傘が鞄に入っていたけれど、今は使いたくなかった。

それに、雨に当たりたい気分でもあった。頬に当たる雨粒が気持ちよかった。

モモは、清らかな気分だった。

認めようとしなかったけれど、恋だった。

誰にも言わず、誰にも悟らせないで呆気なく散った恋だった。

この世界でその存在を知っているのは自分だけ。それも悪くない気がした。

ポツリポツリと降っていた雨は、勢いを増し、いよいよざあざあ降りになってきた。

ここまで降ってきたら、傘を使いたくない、とも言っていられない。

鞄から急いで傘を出して差した。

因縁の桃柄が空に広がる。

なけなしの意地をも折られるのか、今日は。

そんなことを考えた自分が、少しおかしかった。

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モモの傘 らおん @kokkirman

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