第2話 モモの傘

隣の席になったカナトは、モモに対しても、皆と同じように気さくに接した。だから、モモは初対面の人にいつも感じる壁を、カナトには感じなかった。

そして、カナトはどんな話でも、どんなに拙い伝え方でも、遮ったり受け流したりせずにちゃんと聞いてくれた。それは、モモにとって新鮮な体験だった。

モモは次第に、事あるごとに、カナトの表情を無意識に伺うようになっていた。たまにその拍子にカナトと目が合うと、なんだか浮かれた気持ちにもなった。

モモにとって、カナトほど接しやすく感じの良い男の子は、今までいなかった。だからこそ、フウカとカナトが結ばれたらどんなに良いだろう、と思うばかりだった。


そんなある日、部活終わりの下校時間に、突然雨が降り出した。

部活が先に終わったので、モモは出入りの邪魔にならないように、開け放たれた玄関脇のひさしの下でフウカを待っていた。

周りに他の生徒の影はなく、雨はざあざあと世界の音を打ち消しながら降っていた。

モモは目を閉じて、雨の音と特有の匂いを楽しんだ。

そこへ、急いだ様子のカナトが玄関からモモの真横に飛び出してきた。カナトはモモの姿を見つけると、ひとこと「降ってるね」と言った。

モモはカナトの手に、傘がないことに気がついた。

「傘ないの?」

空を恨めしそうに見上げていたカナトは、横目でチラリとモモを見て、

「忘れた」と笑ってみせた。

「貸すよ?二つあるんだけど」そう言ってモモは鞄から傘を取り出したものの、しまった、と思った。

カナトはモモの取り出した二つの傘を交互に見ながら、きょとんとしていた。

「えっと、so cuteだね?」

カナトは思わず、という感じで笑った。

釣られてモモも笑った。

「やっぱり?えっと、こちらのパープルは、ご覧の通りオーロラ生地で、光によって色の変化を楽しめます。一方こちらは、基本は紺色で、縁にぐるっと桃の柄が入っています」

モモが販売員風に説明すると、カナトは少しだけ考えてすぐに答えを出した。

「じゃ、お言葉に甘えて桃柄の傘、借りて良いでしょうか?」

つられて敬語で話すカナトがかわいく思えて、モモはふふと笑いながら

「どうぞどうぞ」と桃柄の傘を丁重に手渡した。

「ありがとう。助かった。」

傘を開くカナトを見ていたモモは、この時間がずっと続けば良いのに、と思っていた。

カナトはそんなモモの顔を覗き込むと、いたずらっぽく、そして少し恥ずかしげに聞いた。

「モモだから桃なの?」

「うん。仲間だからね」モモは当たり前だ、とでもいうように答えた。

カナトは彼特有の人懐っこい笑顔を浮かべた。

「じゃあ、明日返すね。本当にありがとう。じゃあね、モモ」

自分の名前を言い残して、降りしきる雨の中へ踏み出していくその姿をモモは目で追った。

どんよりと立ち込める雲の間から、一筋に差し込んだ陽光のようだった。

その瞬間、モモは自分の心の中に、コナミカナトという男の子が、特別な根を下ろし始めていることに気づいてしまった。

混乱した。

一瞬で世界が美しくも見え、息苦しくも感じた。

友達の恋を応援しながら、その相手に恋をしそうだなんて、なんて馬鹿なんだろう。

モモは自分を厳しく非難した。

幸い、まだ引き返すことはできる。引き返さなくてはいけない。

考えずとも、そう決めていた。

一番の友達が、好きな人だ。

モモにしか言ってないと、秘密裏に教えてくれた気持ちだ。

後ろめたいことは何もしたくなかった。

真っ直ぐに、一番に応援していたかった。

いつも一人だったモモと、初めて本当の友達になってくれたフウカに対して、不誠実になりたくなかった。


まもなくフウカがやってきて、二人は帰路についた。

モモは、よりによっていつもよりカナトの話ばかりするフウカに、カナトに傘を貸したという、たったそれだけのことも言出せなかった。

傘のない同級生の男の子に、傘を余分に持っていたモモがそれを貸した、ただそれだけのことだった。

そのはずだった。

けれど、今となっては下心で貸したのと、同じことのように思えた。

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