モモの傘

らおん

第1話 カナトの隣

運命の放課後がやって来た。

少し前まで満開だった桜が、今はすっかりどこかへ消え、窓の外に見える木々には、若々しい葉が色を揃えて涼やかになびいている。

モモは隣の席のフウカと離れ離れになると思うと、少し憂鬱だった。

高校に上がって、まだクラスにいまいち馴染めていないモモにとって、この1ヶ月はフウカが隣にいるというだけで安心できる環境だった。

それなのに、これから行われる、くじ引きというなんとも頼りないものによって、モモの平穏な学校生活は一変されようとしていた。

モモが隣のフウカを見ると、フウカも心なしか不安げな顔でモモを見返した。


学級委員のトモコとミツヤが前に出て、クラスメイトの名前が書かれたくじを男女別に引いていくことを快活に説明した。

「じゃあ、一番から順に引いていきます」

トモコが宣言すると、教室中が息をのんだ。

「一番…サクユウキ、二番…コヤマサナ、…」

トモコが引いたくじを読み上げる後ろで、ミツヤがあらかじめ黒板に書いておいた座席表に、名前を書き入れていく。

午後の暖かな光をたっぷり含んだ教室では、何気ないふりを装った学生達が、全神経を集中させて、時には密かに、時にはあからさまに、喜んだり落胆したりしていた。

フウカが先に呼ばれた。真ん中の列の後ろから二番目。モモとフウカはさりげなく視線を交わした。

フウカの後ろの席、その左の列、と名前が呼ばれていく。そして、フウカの隣は、

「…番、コナミカナト、…」

瞬間、モモはぱっと振り向きたい衝動を必死で抑え、少ししてから、フウカに少しのからかいを含めた視線を投げかけた。

フウカはお返しに、周りにはわからないように、心ばかりかおどけて見せた。

「…セナモモ、」

不意に自分の名前を呼ばれて、モモははっとした。黒板を見ると自分の名前が書かれている。コナミカナトの左隣だ。


席の移動で教室が騒がしくなった。

コナミカナトが、先にたどり着いて着席したモモとフウカの間にやってきた。

人懐っこい笑顔を浮かべ、立ったままフウカと挨拶をかわし、彼はモモの方に向き直った。モモも彼を見上げた。目が合って初めて、モモは今まで彼と目を合わせたことがなかったことに気がついた。

引き込むような澄んだ暗褐色の瞳。

ほんの一瞬が永遠のように永く、深く感じられた。

モモは半ば上の空で、コナミカナトと挨拶を交わして、正面に向き直った。

波静かな海面のように、変に広く穏やかな気分だった。

なるほど、コナミカナトは確かに人を惹きつける何かを持っている。


モモが、フウカのカナトへの気持ちを知ったのは、まさに昨日のことだった。

学校帰りのカフェで、期間限定のストロベリーフラッペチーノを飲みながら、学校生活について一人前に語り合った。

先生のこと、部活のこと、新しいクラスメイトのことなどを一通り語ってから、意を決したようにフウカが切り出した。

「モモは、コナミカナト、どう思う?」

フウカの言わんとすることを瞬時に理解したモモは、にやつく口元を抑えることもせず、

「ほーほー」と相槌を打った。

「ほーほーじゃなくて!」

フウカはほんのりと顔を赤らめ、焦った様子でストローをズズズと吸った。

「そうなんだね、へー、グループワークとか楽しそうだったもんね」

モモはフウカを茶化すように、含みを持って言った。

しかし、ふと目を合わせたフウカの瞳に、緊張感をまとった真剣な色を見てとって、バツが悪くなった。

だから、すぐに方向転換をして、

「良い人っぽいし、すごく良いと思う」

と友を励ますように請け合った。

フウカは目をキョロキョロさせながら、恥ずかしそうに

「モモにしか言ってないからね」

と友達甲斐のあることを言った。

モモはコナミカナトの人当たりの良さそうな顔を思い浮かべた。

彼は、出会って1ヶ月の生徒たちの中で、既に大きな存在感を放っていて、内気なモモからすれば、未知の存在だった。

モモはフウカがこの大きな秘密を共有してくれたことが嬉しかった。

フウカが自分に特別に打ち明けてくれる度に、モモはフウカが自分に価値を見出してくれていると感じて、安心するのだった。

とにかく、この時モモは、フウカに芽吹いた小さな恋の予兆をを大切に見守ろうと、心の底から誓った。

しかし、それはモモが思っていたように簡単ではなかった。







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