第3話

 チョコレートの材料は至ってシンプルだ。カカオ豆と砂糖。それだけ。

 けれど私は四人掛けテーブルの上に大きなビニール袋をふたつ置いた。

 カカオ豆と砂糖だけじゃない。袋の中には全粉乳やカカオバター、三色のチョコペンなどのデコレーション用品に加え、透明なOPP袋に光沢のあるリボン、さりげなくハートがあしらわれた包装紙などラッピング用品も入っていた。

 これは純粋にチョコレートを作るだけなら必要ないものだ。

 ただ、今回はそうじゃない。

「……よし」

 私はこのチョコで、天川先輩に告白する。

 今は双葉先輩に向いている彼の目をこちらに向けさせる。

 これから作るのはそのためのチョコレートだ。私の心をより効果的に届ける甘い手紙。先輩には文字や台詞よりも真っ直ぐに伝わるだろう。

 私のほうが、先輩のことをよく知ってる。

「まずはカカオニブを潰してっと」

 スマホに保存しておいたレシピを見ながら、カカオニブをミルに流し込む。

 先輩の気を惹くチョコレートを作るには、まず手作りであることが必須だろう。だから私はカカオから作る。必要な機材は通販ですべて揃えられた。

 ミルのスイッチを押す。

「……絶対」

 がりがりと破砕音を立てながら潰されていくカカオニブを見ながら、自分の胸の中の気持ちが膨れ上がっていくのを感じた。

 ――私は、先輩が欲しい。

 先輩と手を繋いで歩きたい。

 先輩と並んで家まで帰りたい。

 先輩と本屋を歩きながら好きな作品を教えあって、そのあと一緒に甘いものを食べに行きたい。


「絶対、私のほうが好き」


 愛って不純。本当にね。

 しばらく待つと、カカオニブが液状にすり潰されてカカオマスが出来上がった。私はその中に砂糖、カカオバター、全乳紛を混ぜ込む。

 すると真っ黒だったカカオマスが次第にやわらかな茶色に変わっていく。試しにスプーンの先で掬って舐めてみると、確かにチョコレートの味がした。

「先輩はもっと甘いほうが好みだよね」

 私は砂糖と全乳粉をさらに追加して、もう一度じっくり混ぜ合わせる。

 味見すると、かなり先輩の好みに近づいた気がした。原料から作っただけあって、しっかりとカカオが香るミルクチョコレートだ。チョコ好きの先輩ならこのチョコが市販品でないことにはすぐ気付くだろう。

 出来上がったチョコレートをハートの型に流し込む。固まったらチョコペンでデコレーションを施せば出来上がりだ。

「……ふふ」

 自然と口元に笑みが零れた。

 先輩はこのチョコを食べてどんな顔をするだろう。どんなことを言ってくれるだろう。

「月曜が楽しみ」

 冷蔵庫の扉が音を立てて閉まる。

 冷やしてる間にラッピングの準備をしよう。引き出しから鋏を取り出して、ロールに巻かれた赤いリボンを適当な長さに伸ばす。私は勢いよく鋏を閉じる。

 断ち切られた赤色の一端がはらりと床に落ちた。

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