第2話

「ほら天川、この子が佐東ちゃんだよ」

「はじめまして、佐東です」

「いい名前だね。甘そうで」

 私がはじめて先輩と出会ったのは入学して三日目の放課後。

 中学生の頃から仲良くしている双葉ふたば先輩に「部活迷ってるんですよね」と相談すると「佐東ちゃん本好きだったよね?」と文芸部を紹介されたのがきっかけだった。

「いや漢字違うから。なんでもかんでも甘味と結びつけないで」

「甘いは正義だ」

 部室に一人きりで座っている天川先輩はアーモンドチョコを口に放り込んだ。双葉先輩はやれやれと肩をすくめる。

「置いてけぼりにしちゃったね。こいつは天川。こんなんだけど一応、文芸部の部長だよ。何か訊きたいこととかある?」

「高校ってこんなに堂々とお菓子食べていいんですね」

「あ、駄目だよ。天川は諦められてるだけだから」

「諦められてる?」

「先生が何回没収しても手品みたいにどこからかお菓子出してくるから対応しきれなくなったの」

「僕からお菓子を奪おうなんて何人たりとも許さん」

「もう。部活存続の危機だっていうから大事な後輩紹介したんだからね。悪いこと教えないでよ」

 腕を組んで唇を尖らせる双葉先輩は怒っている様子だが、その仕草はどこか可愛らしい。変わらないな、と私は思った。

 彼女はいつも明るく何事にも真っ直ぐで、周りには自然と人が集まってくる。そんな彼女を私は尊敬していた。その憧れの人に、大事な後輩、と言われたのは素直に嬉しい。

「佐東さん」

 不意に私の名前を呼んだ天川先輩は静かにアーモンドチョコの箱を差し出した。

「よかったらひとつどうぞ」

「え、いいんですか?」

「うん、大事な後輩らしいからね。それにもしかすると」

 そこで彼は瞳を無くすように微笑んだ。

「僕の大事な後輩にもなるかもしれないし」

 ここまであまり表情を変えなかった天川先輩の不意打ちな笑顔に、思わず目を逸らす。

「……ありがとうございます」

 私は差し出された箱の中からチョコを一粒摘まんで口に放る。歯を立てると、かりっとした歯ごたえと芳ばしい香り、そしてとろけるような甘さが口いっぱいに広がった。

「ちょっと、まだ入部するって決まったわけじゃないからね!」

「わかってるよ。かも、って言っただろ」

「佐東ちゃんの部活選択の自由は私が守る!」

 自由を主張する双葉先輩とそれをやり過ごす天川先輩。二人のやり取りがなんだか可笑しくて、私は少し笑ってしまった。

 それから私たちは少しだけ文芸部の話をして、私と双葉先輩は部室を出た。その頃にはもう私の心は決まっていた。

「ああそうだ、双葉」

「ん、なーに?」

 部室を出る直前に呼び止められて、双葉先輩は振り返る。

「ありがとう」

 彼は柔らかい声色でそう言った。

 そのシンプルな感謝の言葉に、彼女はにっと笑って「いいってことよ」と扉を閉める。

「まああんな感じで変なやつだけど、悪いやつじゃないから仲良くしてあげてね」

 帰り道での双葉先輩の言葉通り、先輩は変わり者ながら良い人だった。

 入部したばかりの私のことをいつもよく見ていてくれたし、事あるたびにさりげなくフォローしてくれた。

 また普段は飄々としているが、自作品に対するこだわりは人一倍強く、その洗練された文章表現やストーリー展開に私は魅了されずにはいられなかった。

 そして、そんな先輩に私が恋心を抱くのにも時間はかからなかった。


 ――でも、どうして気付かなかったんだろう。


 私が見つけた先輩の魅力なんて、双葉先輩はとうに知っていたということに。

 本に一切興味のない彼女が文芸部を守ろうとしていたこと、気の許した物言いやころころと変わる表情で気付けばよかったのだ。

 天川先輩と双葉先輩が手を繋いで下校しているのを見たのは、私が文芸部に入部してから一ヶ月後。

 先輩が少し申し訳なさそうに「今日、早めに部室閉めていい?」と尋ねた日の放課後だった。

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