第68話 神様、人間様 後編

「……え…?」


僕は恐る恐る目を上げる。


僕の手から、黒い影が伸びていた。


そして、その先は___


「あ、はは……」


黒い影の先が赤く染まっている。


僕を蹴っていた人は胴を貫かれていた。

松明を振り下ろした人は、脳天を。

殴った人は顔を。


兎に角、そこにいた人は皆、黒い影に刺し殺されていた。


その影は、僕の足元で燻っている。


乾いた笑いが、僕の唇から漏れる。


「あはははは……」


あぁ、僕がやったんだ。

僕が殺してしまったんだ、みんな。


……でも、罪悪感はなかった。


これでよかったんだ、お姉ちゃんを守れる。


“違う”から殺されるというなら___僕だって“違う”から殺しても許される、そのはずだ。


「……ひっ」


短い悲鳴が、洞窟の入り口で上がった。


目を向けると、そこでは朝霧が口を抑えていた。


その目は限界まで見開かれ、体は小刻みに震えている。


「お姉ちゃん」


僕はパッと飛び出した。


赫く汚れたまま、朝霧の元まで走る。


そして、勢いよくその手を取った。


もう洞窟の入り口を踏み越えることに躊躇はない。


「お姉ちゃん、僕やったよ。

僕、お姉ちゃんを守れたよ!」


違う___


姉の小さな呟きは、僕の耳には届かなかった。


「お姉ちゃん、僕、皆んなを守りたい。

___僕らみたいに、きっと“違う”から殺されちゃう子たちがいると思うんだ」


僕らは人間様なんかじゃない。

もうその事は分かってしまっていた。


彼等の言う「バケモノ」とやらなのだろう、僕たちは。


そういえば___僕と朝霧は随分と幼い。


もう生まれて15年は経つと言うのに、まだ身長は140センチくらいしかない。


先ほど僕らを襲ってきた人間は、皆んなもっと大きかった。


……そうだ、僕達は違かったんだ。


ならば、僕が助けなくちゃ。


朝霧が今まで僕にしてくれたように。









「……そうだ、ね」



朝霧は何故か僕のことを強く抱きしめた。


「大丈夫、大丈夫」


強く強く、いっそ痛いほどに。

震えるその手で抱きしめた。


「大丈夫、私が付いているからね」


そう言う朝霧は、どこか寂しそうだった。




* * *




___俺の予測は悉く当たっていたのだと分かったのは、それから200年ほど経った時だった。


俺が25歳程になった時点で、もう成長が止まってしまっていた。


矢張り、俺たちは人ではなかったのだ。


夢術というものがこの世に蔓延り出したのは、今から7、800年前だ。


それと夢喰いの存在が広がりだしたのは同時だった。




夢術と呼ばれる不思議な術を操る者は、死から逃れる為の一つの形として、夢喰いと為る。


夢喰いとなった者は、その永遠の命を保つ為に人間を喰らう。


一方、夢術者は人を夢喰いから守るため、その力を使って夢喰いを殺す。



あまりに非効率であまりに狂ったそれが、今やこの世の一つの理と化していた。



こんな状態では、夢喰いは救われはしない。


少なくとも、死から逃れることは出来ないのだ。


それから抜け出す為、俺が初めにしたことは、夢喰い達を纏める事だった。


自らを教祖と語り、教団と称して夢喰いを集める。


彼らは一人一人ではさほど強くはない。

だが、信仰という名の下に集まれば、殺されない位には強くなる。



日に日に大きくなっていく「救済の暁」は、より強固な存在となっていった。


隊として区分し、序列をつけることで整理する。


そうして段々と教団として成長していくにつれ____信仰はより強固なものとなっていった。



「ヨザキ様万歳!」

「ヨザキ様さえいれば何もいらない!」

「ヨザキ様の為なら、この命も投げ打ってみせる!」



狂信とも言える熱狂的な信仰は、日に日に声を増していく。


初めはそれを止めようとはしていた。


……救済の暁は、あくまで夢喰いを死から逃れさせる為の組織だ。


その為に命を擲つだなんて本末転倒も甚だしい。

形だけの信仰よりも、もっと大切にするべきものがある。


そう言おうとはしていた。


……それでも。


それでも、皆を救う為には俺は「神」でなければならなかった。


明確な否定も肯定もせず、感情も持たず、ただ君臨した存在だけで導く「神」。


それでなければ、ここまで膨らんでしまった数の同志を救うことはできないから。



……間違っているとは分かっていた。


日に日につれて暴徒と化していく信者。


彼らの苦しみを一つ残らず救うことなんて___神様でもなければ、できないのだから。



___その為に、俺は。



俺、は。




過ちを止めてくれようとしてくれた姉を、殺した。





69話に続く。


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