第67話 夢見草はあくまでも 前編
第67話
「っぁぁぁぁぁあああ……!」
思い出したように襲ったのは、焼き付くような激痛。
当然だ。
___左脚が切断されたのだから。
見たことのないような量の出血。
俺___凪はその場に膝をついた。
今まで散々な怪我は負ってきた。
折れた骨の本数を数えるよりも、折れたことのない本数を数えた方が早いだろう。
それでも………切断は、流石に無かった。
___まずい。
足が切断されたという状況もさることながら、“立てない”という事実もまた最悪だった。
攻撃どころか回避もまともにできない。
感覚が狂ったせいで、動くことすら精一杯だ。
そんな中を___止まない刀の雨を、俺は刀一本だけで流さなくてはいけなかった。
……これは、血だな。
本当に、彼女と同じ血が流れていることを実感させられる。
対人戦は夢喰い戦と違って、相手の無力化が基本だ。
その為に四肢をもぐのは妥当な判断。
彼女はその“基本”を行ったのだ。
___冷静に考えて、俺にもう勝ち目はなかった。
剣技は使えない。
回避もできない。
立てもしない。
それなのに、どうやって格上の相手を殺せば良い?
……やっぱり、俺じゃ足りなかったんだ。
俺だけじゃあ、太刀打ちできる相手じゃない。
せめて、紅がいたならば___それならば、話は違ったかもしれないけれども。
失血でぼうっとした頭で、そう思ってしまう。
その時、刀が交わった。
「…っ!」
勢いで、俺の体が後ろに飛ばされる。
止まることもできず、無様に地面を転がった。
再び咲く血の花。
……あぁ、これは怒られるな。
もう刀を握る力もほぼ残っていなかった。
早く来すぎだ、と紅に怒られてしまうだろう。
もしかしたら潮にも怒られるかもしれない。
「……嫌だな」
別に悲しい事はない。
それでも嫌だった。
あいつらが繋いでくれた命を無駄にするのは。
このまま死ぬのは、少し残念だ。
___ならば。
「……っ」
ならば、悪足掻きくらいしてやらないと。
ぐっ、と俺は手に力を込めた。
羽織を無理矢理脱ぐ。
そして、それを宙に投げた。
……きっと、死ぬのはいつでもできるよ。
二人の元に行こうと思えば、いつだって。
思い立って仕舞えば、あとは簡単だから。
だけど、今___今この瞬間に、俺に出来る事は___
刀を振り切り、羽織を掬う。
そして、そのまま斬撃を繰り出した。
スイの刀と激しくぶつかる。
その瞬間だった。
「疾風炎乱!」
___火を噴いた。
羽織が、大きな炎を燃え上がらせた。
スイの刀とぶつかった時に生まれた小さな火花。
それを風で極限まで強めた上で、羽織に引火させたのだ。
あの日、紅と繋いだ技を。
紅が魅せてくれた技を。
「俺は、もう独りじゃないんだ!!」
___今までの命を背負って生きていくという答えを。
俺は刀に纏わせる。
スイの目の前で、炎が爆ぜた。
___小さな音を立てて、核が弾けた。
* * *
「殺して」
シオンからの最期の願いは、容易な事だった。
たった一言で纏めてしまえるほど、安易なものだった。
___そうだ。
俺が今握っているこのクナイで、その喉を掻き切って仕舞えばいい。
ほんの1秒で事足りるような、簡単なことだった。
___でも、そんな事を。
そんな簡単な事を。
「……本当に出来ると思ってんのかよ、馬鹿野郎……」
俺の気持ちも知らないで。
勝手にしやがって。
「……」
シオンは、答えない。
ただ固く目を閉じて、来るべき時が来るのを待っていた。
なんて自分勝手な沈黙だろうか。
「……なぁ、シオン」
それがムカついてムカついて、俺はわざとシオンに声をかけた。
「お前、本当自分勝手だよな。
傷ついたなら、傷ついてるって言えば良いじゃねえかよ。
笑いたくないなら、笑わなくても良いじゃねえか。
___なのに、全部を、全部一人で、抱え込みやがってさ」
「……まぁ、そうっすね」
つれない返事。
何がそうっすね、だ。
お前、今から殺されんだぞ?
今から俺に殺されるんだ。
悔しくねぇのかよ、哀しくねぇのかよ。
胸の中に湧き上がった激情を、俺は自分の腹の中に押し込める。
……でも、流石に堪えきれなかったらしい。
目の前が滲んでしまう。
「……それでなんだよ。
挙げ句の果てに“殺せ”だって?
……馬鹿も休み休み言えよ。
全部壊れるくらいなら___その前に俺に言えよ。
辛いんだって助け求めろよ」
見下ろした彼の肌は、白い。
本当にまだ生きているのかと不安になるほどに。
「何も出来る事無いかもしれねぇけど……それでも、一緒に抱えるくらいならできただろ」
シオンの頬の上に、涙が一滴落ちた。
___だから。
だからきっと。
もう俺らは永遠に相棒になれやしないんだ。
終着点は、此処だったんだ。
「……大丈夫っすよ。
来世はちゃんと逢いに行くっすから」
そんな戯言を言うシオン。
俺は、手を伸ばした。
少し遠くに転がった彼の槍を掴む。
手が震える。
それでも、俺はその槍の先を彼の喉笛に向けた。
「ユーキが相棒で、本当に良かったっす」
微かに笑う、彼の唇。
___もう、先は見ていられなかった。
俺は瞼を閉じる。
歯を食いしばって、その腕を振り上げる。
そして___
「ありがとう」
彼の最後の言葉と共に、俺は槍を振り下ろした。
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