第65話 私の「お兄ちゃん」 前編

第65話


「詩ぁぁぁぁぁ!!!」


聞いたこともないような大声とともに、塔が弾け飛んだ。


四方八方に飛び散る、白い電撃。


私___北条詩はポカン、と口を開ける。


飛び出して来たのは、他でもない___


「おに………」


___お兄ちゃん。


本当はそう呼びたかった。

本当は泣き出して抱きつきたかった。


それでも、喉が詰まって、上手く言葉にできない。


その言葉の代わりに、耐えきれなかった涙がボタボタと地面に落ちていく。


丹生晶は、私とライの間に割って入った。


___夢術:まもる


その文字が左手に確かに刻まれている。


「ごめん。

やっぱり、自分の妹が傷ついてるの___黙ってられなかった」


彼がくしゃりと顔を歪める。


「なんで……」


私は銃を抱きしめた。


「なんで助けてくれるの……?

私は、傷つけ続けたのに……妹だなんて幻想で、全部見ないふりし続けたのは……私なのに…」


そして、その幻想は当たり前のように崩れ去っていた。


その事実は、なによりも___彼の夢術自身が表している。


自分達が“兄妹”でないことを、彼が分かっていないはずがなかった。


___分かっていたんだ、彼は。


私が悟るずっとずっと前から。


いや、初めからか。


その時、バチバチと音が鳴り始めた。


顔面の半分を血で濡らしたライが、額に皺を刻んでいる。


「邪魔虫が増えやがって…」


再び、その指先で電気が燻った。


___来る。


「殺せ」


途端、雷の柱が頭上に駆け巡る。


先程までとは比にならない……その眩い輝き。


それは生命の危機を感じるほどの高電圧なのだと知らしめていた。


「……っ」


私は目元を擦り、それから銃口を向けた。


「早く逃げて、一刻も早く」


___夢術:音


一発、二発。


まだ先程の電撃が響いているのだろう、脳裏に重い打撃がする。


苦しくないといえば、嘘だった。


それでも……それよりも丹生晶を逃したいと言う気持ちの方が強かった。


勝つことが出来ないかもしれない復讐。


そんなものに、彼を巻き込むなんてできない。


……何より、どんなに私が彼を裏切ったって___彼が私にとって大切な人であるのに変わりはないから。


「逃げれないよ、妹が死んじゃうかもしれないって言うのに」


彼は弾丸と電撃の雨の中を、静かに立っている。


だが、そのどれもが彼に届くことはない。


私と彼の頭上に、夢術によるバリアが張られているからだ。


___そう、私が忘れていただけだったんだ。


私が屋上から飛び降りる時、彼は毎回夢術を使っていた。


こうやって何度も救われてきたんだ。


「……っ」


私は一歩引く。


「___分かった」


今度は、彼が傷つく前に___終わらせるんだ。


「一つだけ質問。

二人を同時に衛ることは出来る?」


詰まった喉から、どうにか声を絞り出す。


「___


私は顔を上げた。


もう目を逸らすことはしない。


丹生晶は___私の大切な兄だ。


血が繋がってなくても、裏切りの関係だったとしても。


彼が私を“妹”と呼んでくれるのなら___私は彼の妹でいられる。


少しの逡巡の後、お兄ちゃんは口元を緩めた。


「……任せて」


その言葉で十分だった。


私は銃を放つ。


___白昼夢:おぼえる


「光芒一閃___!!」


ライが一瞬だけ勝ち誇ったように唇を歪めた。


同じ手は使えない。


……それでも、一人じゃなければ。


こちらに二人いるというのなら、状況は変わる。


火を吹く銃口。


弾丸が、ライの周辺の地面を扇状に抉った。


私は地面を蹴る。


いつもより、今までのどの時より___高く、速く。


万雷紫電ばんらいしでん!」


だが、ライの咆哮と共に壁から紫がかった閃光が現れた。


それは全てを焼き尽くさんと宙空を走る。


その勢いはあたかも龍が舞うようだった。


龍に食らわれぬ様、私は宙を舞う。


そして、弾丸で龍を穿っていった。


___電撃による白昼夢への影響はない。


何故ならお兄ちゃんが“衛”ってくれるから。


一瞬だけ、時間が止まる錯覚を覚えた。


地面を駆けずり、私はライのすぐ前まで飛ぶ。


そして、銃口をその赫い瞳に向けた。


「コレで勝ったと思うなよ!!」


だが、ライは笑っている。


その理由に、私は目を見開いた。


___ライと私との間に張られた、薄い電気の膜。


そう、彼は……“静電気”で、弾丸を撃ち落とそうとしているのだ。


僅かに帯びる弾丸の静電気を、吸い寄せて___勢いを殺す。


つまり、私が銃を放ったとて、無駄撃ちなのだ。


___そう、放ったなら。


私はそっと……銃を、いや、銃を解いた。


「……なんてね」


___ドン


重い銃声と共に、彼の核が砕け散る。



「___え?」



その弾丸は、彼の背後から放たれた。


彼の“守備範囲外”だった背後から。


銃を持っていたのは、私じゃない。


あくまでも私は、弾丸の軌道を操作して___あたかも私が銃を持っている様に見せかけただけ。


「僕らの幸せを、奪うな」


銃を放ったのは___お兄ちゃんだった。


ライが私に引き付けられている間に、その背中に寄っていたのだ。


「あ___」


ライはやっと状況を理解したようだった。

その目が見開かれていく。


「あぁ……あぁあははははぁはあはははははぁ……!」


核を砕かれたライは、散っていった。


その身を灰にしながら、狂気的に笑いながら。


「なぁヨザキ様!!!!

オレは役に立ちますよ!!!

最後まで___最期までぇ___!!」


その言葉の直後だった。


___霹靂神はたたがみ


目の前が、白く染まる。


「っぅ……!!!???」


それが電撃であること、ライの最期の足掻きであること。


そう気づいた頃には、私は吹き飛ばされていた。


視界がビリビリと歪む。


お兄ちゃんの夢術ですら、揺らいでしまうほどの電圧。


あまりのその強さに、私は踏ん張ることしかできなかった。


バリアが揺らぐ。

揺らいで、一瞬掻き消えかける。


それを繰り返していた。


……もう保たない……!!!


だが、“衛”が破れるその寸前___ほんの刹那に、突然視界が元に戻った。


「……っ…はぁ…っ、はぁ…」


私は地面に倒れ込む。


……核が消え去ったのだろう。

焦げつきだらけになった部屋には、ライの姿はなかった。


だけど。


だけど___どうして。


心拍数が、息が上がっていく。


自分の目を信じたくはなかった。


どうして___どうしてあんなに、部屋が赫いの?


「……ごめんね、詩」


お兄ちゃんが、自嘲気味に笑った。


その言葉は、ほとんど吐息にしか聞こえない___小さな言葉。


私はずるずると身を起こした。


「お兄ちゃん……おに、いちゃん……」


這う様に彼に近づいて、彼に縋っても、ただ現実を押し付けられるだけだ。


「ごめんね、最後まで嘘つきで」


もう助からない。


分かってしまった……分かってしまうほど、その身は赫く染まっていた。


「……一人を衛るのが、精一杯だったんだぁ」


彼は辛そうに笑う。





___あるべきはずの腰から下は、彼にはもうなかった。


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