第63話 御衣黄 前編


第63話



「……だ、まれえぇえっ!!」


俺は、クナイを力一杯放った。


「あはは、酷いっすよぉ…ユーキぃ。

まだ話の途中なのに」


ケラケラと笑いながら、彼が飛び退る。


その動きはあまりに軽々しくて、俺をおちょくっているようにしか見えなかった。


「意外と“ぼく”は怒ってるんすよぉ?

救済の暁に頼らざるを得ないくらい心がボロボロになるまで____この子を放置した“相棒”さんとやらのことをね。

……ぼくですら、この子の記憶___相当キツイなぁって思ったっすよ。

ずっとぼくは笑ってた。

笑って笑って___ぼく自身を殺さないようにしてた!

苦しかった、悲しかった、分かって欲しかった!

なのに___なんで、なんで見ないフリしてたんすか…っ」


彼の放つ槍は、確実に俺のクナイを撃ち落とす。


未来視を淡々としていく彼には、俺の攻撃だなんて無きに等しい。


そんな嫌な事実を、知らしめされる。


彼が、今度は槍の先を俺に向けた。


「全部全部、勘違いしたままで____相棒面するの止めてくれないっすか?

君、ぼくのこと何も分かってないじゃん」


シオンの代弁。

彼の口から、苦しさが漏れ出ていた。


シオンの記憶を見た彼ですら、その苦しさは伝わったんだ。


シオンが毎日毎日苦しんでいた事。

俺がそれに気付きながらも___自分の後ろめたさで見ないフリしていた事。


はぁっ、と彼は泣くように笑った。


「……まぁ、ユーキはここで終わる未来っすから。

もう関係ないっすけどねぇ」


すでに、彼は俺の敗北まで予知したらしい。


それと同時に、俺の腕を槍が貫いた。


彼は躊躇なく、それを引き抜く。


「……っ」


俺は自分の腕を押さえた。


そして、その手で鎖を握る。


彼の赫く濡れた槍が、今一度天高く突き上げられた。


「……勘違い馬鹿のクズはお前ぇだよ」


俺は捨て台詞を吐く。


槍の先が___振り下ろされる。


___そう、それはきっと彼の予知通り。


ここで俺は殺される。


それが彼の予知だ。


___そうだと、彼が教えてくれたんでね。


俺は、彼の槍を片手で掴み止めた。


そして、もう片方の手で___彼の首筋にクナイを当てる。


「……!?」

彼が目を見開いた。


___予知が、外れた。


その起こり難い事実に驚いているのだろう。


俺は、彼に笑って見せた。


「誰がお前の夢術を“予知”だっつったんだよ、バーカ」


___未来予知だなんて、不可能だ。


幾らでも分裂しうる未来を、ひとつだけ100%確実に予るなんて不可能。


「え……?」


彼の目が、一瞬揺らぐ。


「シオンの夢術は予知じゃない____あくまでも、予測。

お前が見れんのは、過去と現在から計算した“未来”だけだ」


図書館で調べた“ラプラスの魔物”。


それはあくまでも計算上の完璧な未来予測の話だった。

様々な事象を理解、演算することによって___起こりうる未来を手にする、そんな力。


そして、それは___既に不可能だと立証されている。


未来は幾らでも変わっていくものだと、証明されている。


「お前の未来は変えられんだよ。

……いや、変えてやる。

何度だって、お前を救ってやるから____」


そう言っている自分の目から、涙が出ていることに気がついていた。


シオンのこと、救えなかったのに。


今更“救ってやる”だなんて。


……それでも。


「____だから、戻ってこいよ……シオン……」


俺は地面に膝をついた。


もう彼の目を見ることはできなかった。


シオンの相棒になれないこと、はなから分かっていた。


それでも俺が俺でいる為にはシオンは必要だったんだ。


「お願いだから……」


自分の顔が歪む。


相棒じゃなくていい、離れ離れになっていい。


それでいいから、シオンはシオンでいて欲しかった。


「返事くれよ……なぁ……」


涙が、地面に丸を描いた。


一緒に生きていたかった。


……それだけだったはずなのに、なぁ。


「……ユーキ」


小さく、彼が俺の名前を呼ぶ。


そっと微かなため息が、俺の耳に届いた。


「____もう遅いんすよ」


俺の体が突き飛ばされる。


抵抗もなく、簡単に俺は地面に転がる。


足蹴にした彼の目に、もうシオンはいなかった。


____シオンは、もう死んだんだ。


“憑”に身体を譲った時点で、もうシオンは死んでいた。


俺はそのことに気づいていなかっただけだったんだ。


「ちょっと予定は狂ったけど____今度こそ、もうさよならっすね」


彼が俺の頭上から、槍を振り落とす。


「バイバイ、ユーキ」


もういいや。


シオンに殺されるなら____もう終わりで、良いんだ。


俺は、そっと目を塞いだ。



* * *



「……っ」


僕がその名を呼ぶ前に襲い掛かったのは____黒い黒い、闇だった。


____夢術:かげ


それがヨザキの___僕、桜坂風磨が殺すべき相手の夢術。


アサギである桜と対をなしたその夢術は、「削除」。


エネルギーを吸収し、対象を削り取る夢術だと、いつしか読んだ文献にそうあった。


その影の刃が僕の刀に触れた瞬間に襲って来たのは、ぐっと引っ張られる感覚。

___夢術エネルギーが吸い取られる、そんな感じがした。


僕は即座に刀を離す。


それと同時に背後に飛びすさり、もう一度刀を出現させた。


まずい、今の一回で___相当消耗した。


___白昼夢:桜


「華灯!」


刀を取り込んでもなお動きをやめない影。


それに向かって、僕は花びらを爆破させる。


丸く膨らんだ花びらが、次々と爆ぜていく。

無論手抜きなんてしていない。


全力で放った。

それでようやく影の刃と相殺___といったところだろう。


たった一撃ですらわかる。

言語などに表せないくらい、それくらい。


……僕とヨザキの間には、圧倒的な実力の壁があった。


圧倒的な、絶望が。

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