第62話 願掛けはいらない 前編

第62話



「……っ!!」


唐突に目が覚めた。


だが、その視界を覆っていたのは___黒。


……何これ?


僕___桜坂風磨は唖然とする。


どうやら、暗闇の中に居るらしい。


体の感覚はある。

呼吸も鼓動もしている。


間違いなくここは現実だ。


そんなことを悶々と考えていく内に___段々と、目が暗闇に慣れてきた。


やがて、僕の目が捉えたのは……畳の目。


どうやら壁に畳が立てかけられてられているらしい。


そうして出来た隙間に、僕が横たわっているのか。


恐る恐る手を伸ばして、それに触れた。


「……いや、重っ」


片手では上手く押し倒せず、両手を使って力を込める。


バタバタバタバタ______


手ごたえがなくなったかと思えば、盛大な音を立てて、視界が開けた。


目を刺す光。


僕はゆっくりと身を起こした。


「……え?」


部屋に散乱する、十数枚の畳。


多分それら全てが重なっていたのだろう。


___通りで重いなと!


だが、その重さのおかげで僕は外部から守られていたのだろう。


こんなことを、誰が?


その答えは分かっていた。


……玲衣さん。


辺りを見回しても、彼女の姿はなかった。


当に遠くに行ってしまったのだろう。


僕は、自分の服をぎゅっと掴む。


そこに、貫かれて出来たはずの傷はない。

それどころか、その前に付けられた小さな傷達も、消え去っていた。

___初めから彼女は、僕を「治療」するつもりだったのだ。


嵌められた。


彼女のこの後向かうところは、大体察しはついている。


それを僕が止めると思ったのだろう。

……いや、止めるつもりではあったけれど。


“私は私の成すべき事をします”


耳に甦る、彼女の声。


きっと彼女が向かったのは……地下牢だ。


が眠っているはずの、地下牢。


そして、玲衣さんはきっと___


「……っ」


今すぐ追いかけるべきだ。


本当はそう分かっていた。


___だけど。


彼女の声に、続きがあってしまったから。


“風磨くんの成すべき事を成してください”


___僕の、成すべきことは。


玲衣さんを追いかけること?

玲衣さんを止めること?


そうじゃない。


彼女が言っていたのは、そういう事じゃないんだ。


___全てを終わらせる。


それが、僕のすべきことだ。


もう誰もこれ以上戦う必要がないように。

誰も傷つかせないように。


___この戦いを、終わらせる為に。


夢術:やいば


僕は刀を握る。


___もう誰も、苦しまないように。




僕は、を殺す。




復讐とも怨恨ともつかない。


こんな感情に名前なんてない。


それでも、これは僕たちが生きる為には必要なことなんだから。


僕は、左手を自分の頭に伸ばした。


その手が触れる、長い髪。


___知らず知らずのうちに、縋っていた。


過去に縋るかのように、ずっと切れないでいた、この髪。


一種の願掛けともいえた。


いつかまた___澪ともう一度笑えるように。


だけどその未来は、僕の手で掴み取る。


希望なんてなくても___僕が、奪い取ってみせるから。


僕は、思い切って刀を振るった。

ハラリ、と落ちる髪束。


髪を括っていたゴムが切れて、床に落ちる。


ほどけた髪の長さは、もう肩につくかつかないか。


……それが、僕の決意だった。


桜花爛漫おうからんまん!」


虚空に放つ白昼夢。


それは盛大に華を咲かせ___爆ぜた。


辺りに爆散する花びら。


大量のそれは、摩天楼の上部を隠すかのように飛び去った。


___これで、僕の居場所はヨザキにバレた。


それでいい___いや、その為に放った。


「僕は準備ができている……来るなら、来い!」


初めから、ヨザキに逃げる気が無いことは分かっていた。


逃げるつもりなら……何か騒ぎを起こして僕たちの気を引くはずだ。


それでも何も起こさず……僕に玲衣さんを寄越した。


迎え撃つつもりなのだ、彼も。


この戦いを終わらせる為に。


「___言われなくても来るつもりだ。

キャンキャン鳴くな、見苦しい」


花びらを踏み越して、僕にかけられた声。


僕は睨む___影を燻らせる、ヨザキを。


「終わらせようか、この戦いを」



* * *



振り下ろされた刃。


それは、俺に突き刺さることはなかった。


理由は簡単。

俺自身が___仁科凪が刀で防いだから。


自分の息がうるさい。


それでも……反射的に俺は刀を構えていた。


そしてそれは、自分でも驚くほど確かに、スイの刀を防いでいるのだった。


ぐっ、と刀同士が押し合われる。


「俺、の為……?」


メガネが壊れたせいで、俺の視界はぼんやりとしている。


それでも、スイの姿は、その眼はハッキリと捉えられていた。


赫い眼が、少し悲しそうに伏せられる。


「凪の為だよ、私が救済の暁を信じたのは。

もちろん私の自分勝手でもあるけど___それでも、凪には少しでも長く生きてほしいから」


「……だから」


俺の刀が、チャキ、と小さな音を鳴らす。


「自分と一緒に夢喰いになれ、と?」


スイの刀を払って、俺は立ち上がった。


静かに刀を構えながら、スイは語る。


「お父さんとお母さんが殺された時、分かったの。

喰われるものと喰うものは、確かに存在する。

綺麗事だなんて言っていられないほど、この世は弱肉強食だって。

……凪だって知ってるでしょ?」


彼女の言う通りだ。


これまで何人の死を見てきた?


仲間だけじゃない。大切な人だけじゃない。


夢喰いから助けられなかった人々の、その骸を何度見てきた?


その度に、この世は弱肉強食であること、綺麗事を言う奴から喰われていく世界だってことを思い知らされていた。


「ああ……嫌、と言いたいほどに」


「___生きるのに必要な以上に人を殺さなくていい。

それで、凪は生き残れるの。

凪は選ばれたんだよ?

夢術者としてね。

生き残り続けられる権利を___夢術を、夢喰いになる権利を与えられた、数少ない存在なの」


___誇っていいんだよ。


スイが静かに笑う。


彼女の言う通りだ。


___そう、彼女の言う通り。


「ああ、俺は選ばれた。

夢術を与えられて、戦う権利を、喰らう側になる権利を与えられた」


俺は刀を構える。


冷たい刃越しの、その怪物を睨んで。


「……だから、俺はさ。

誰も喰らわれることがないように___を喰らい続けるんだ、この夢術で。

それが___俺の戦い続ける理由だ」


喰らわれ続けてきた俺だからこそ、俺は喰らうことができる。


誰も殺されない、誰も孤独に押しつぶされない世界を作れるのなら。


その為だったら___俺は、“魔物”にだってなってやる。


あれだけ嫌ったそれに、なってやろう。


龍風りゅうふう!」


俺は自分の周りに竜巻を出現させる。


もう制御だなんてものは当に諦めた。


“魔物”よ、暴れ尽くせ。


___俺が最後に“殺す”のは、姉だ。

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