第59話 君の為の刃を 後編
駄目だ、姉だと思っては駄目なんだ。
あくまでも“これ”は隊長として、一人の夢喰い狩りとして。
彼女を____唯一の肉親を、殺すんだ。
「……」
翠奈は__否、救済の暁の幹部である「スイ」は、呆気に取られたように目を瞬いた。
それから、少しだけ笑う。
「ええ、そうね」
その目が一瞬だけ温度を無くした。
「……強くなったね、凪。
だけど___ごめん、私も負けるわけにいかないの」
彼女も、腰の鞘から刀を抜く。
夢術:風__
彼女の夢術が吹き上がった。
その手中を、俺は知っている。
当然だ。
彼女の夢術は、俺と同じ「風」。
彼女が扱う夢術がどうであるかも、俺が扱う夢術がどうであるかも、互いに知れている。
……だけど、俺は負けるわけにはいかない。
ここで終わらせたら、隊員の皆に___潮と紅にも、示しがつかないじゃないか。
「
先手を打ったのは俺の方だった。
飛び散る風の刃。
それは周りながら、“スイ”に向かっていく。
彼女は跳ぶことなく、その刃に向かって真っ直ぐに駆けて行った。
そして__彼女は、その身を翻す。
刹那、凄まじい早さで刀が眼前に迫った。
彼女の刀が取り込んだのは、俺自身の木枯らし。
「……っ」
木枯らしに刀の回転を合わせることで、むしろ追い風にしているのか。
俺はそれに自らの刀をぶつける。
避けるのは難しい。
ならば宥めるのみ。
__カァァァァン
高い音を響かせ、刀が弾かれる。
その残像の下から、俺は足を突き上げた。
俺は、彼女に夢術では勝てない。
当にそれは悟っていた。
……でも、俺には夢術以外にもあるじゃないか。
体術。
紅に嫌と言うほど叩き込まれた、体術で。
刀の力を最大限に引き出すために、夢術を最大限に引き出すために。
突き上げた足は、彼女の顎を掠めた。
彼女の体がほんの少し浮き上がる。
だが、その直後。
「……ごめんね、凪」
体が、貫かれる。
飛び散ったのは、目に鮮やかな赫い色。
彼女が“投げた”木枯が、俺を貫いたのだ。
「っ……は……」
俺は思わず後ろによろめく。
そこにすぐさま襲いかかる、次の斬撃。
刀で応ずるが、簡単に押し負かされる。
___全然だ。
全然、歯が立たない。
口内に溜まった血を吐き出して、俺は思う。
失血のショックだろうか。
眩暈がする、息が苦しい。
刀を振るうたびに、攻撃を防ぐたびに……その度に、身体から血が溢れていく。
……でも、これでいいのかもな。
一瞬だけ、脳裏によぎる“我儘”は___
これで、俺は誰も傷つけなくて済むんだ。
___甘えは、そっと俺から戦意を奪っていった。
……もう、誰も傷つけることはないんだ。
もういいんだ。
時間は稼げただろう。
見廻隊の隊員はどうしているだろうか。
……あいつらは、俺と違う。
俺と違って強いから___きっと、彼らなら大丈夫だ。
___そんな、甘えが。
「……ごめんね、苦しいよね」
スイの声が耳に遠い。
その直後、俺の体は最も容易く吹き飛ばされた。
地面に転がったその弾みで、メガネが落ちる。
あぁ、そういえば。
その青いフレームは、紅がくれた物だったっけ。
レンズに反射する、無様な青年の姿。
泣き出しそうで___すごく、弱い彼。
その背後に映ったのは、怪物の姿だ。
悍ましくて、でも優しくて悲しい、赫い目の怪物。
___お姉ちゃん。
なんだ、簡単なことだったじゃないか。
俺はそう呼びたかったんだ。
「ごめん、ごめんね___」
謝り続けながら刀を振り上げるスイ。
彼女は、泣いていた。
「凪の……ためなの。
___全部」
俺の為の刃が、振り下ろされた。
60話に続く。
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