第58話 殺せるはずだから 後編




___こっちです。





そんな声が、聞こえた気がしていた。


僕___桜坂風磨は階段を駆け上がっていく。


「玲衣さん……」


その名前を、唇だけでそっと呟いた。


彼女の___その夢術の気配。


初めは微かにしか覚えなかったが、今となってはハッキリと感じられる。


そしてそれは、僕が階段を登るほど強くなっていった。


微かな___だけど、確かな僕らの繋がり。


細い糸を手繰って、辿り着いたそこは___



「……え」



___大きな桜の木が生えていた。


一瞬見間違えかと思った。


だが、和室に根付くように大きく枝を伸ばす、桜の木。

それが僕の目の前にあった。


春じゃないから、流石に花は咲いていない。


裸のままの、大きな桜の木だ。


……だけど、その木を僕は知っていた。


僕の生まれた家の庭と、同じ木だ。

自然と、そう思った。


実際は、桜の木は僕の生家にある。


きっとこの木は、その桜から挿木されたものなのだろう。


それでも……それでも、木の匂いが、色が、空気が……僕の知っている桜の木そのままだった。


「凄いですよね、この桜」


木の下でしゃがんだ少女が、そっと言った。


「……此処に植えてみた時は、いつ枯れるのだろうと思っていました。

というか、枯れてほしいと願ってこんな所に植えたんです。

でも、気がつけばこんなに大きく育っていた。

___枯れてはくれなかったんです」


僕は彼女の言葉に口を開く。


「……それは、貴方が___が、本当は枯れてほしくないと願ったからじゃないんですか?」


彼女は、ゆっくりと腰を上げた。

長い髪が、揺れる。


「そうかもしれません」


振り返ったその眼差しは、どこまでも冷たかった。


「だとしても……全部、遅すぎたんですけどね」


諦めたかのような、無感情な瞳。


彼女はゆっくりと桜の樹から歩を進める。


「___私を“玲衣”と呼ぶのはやめて下さい。

私は環です。

そして……」


白い手が、掲げられる。


「……桜坂風磨貴方を殺すよう、命じられた者です」


___白昼夢:ひかり


僕の左脚に痛みが走ったのは……彼女の右手にその文字が浮かんだ直後だった。


ジュウ、という嫌な音。


「……っ!」


それはまさしく、焼き付くような痛みだった。


ただれるような熱が、僕の中を走る。


僕は思わずその場にうずくまった。


目線だけを上に遣ると、彼女は弓を構えている。


___弓?


彼女が手にしているのは、光る弓だった。


光る弓___否、光が弓の形をしている…というのが正しい表現か。


彼女の目が僕を睨む。


赫い___それは、とても赫い目。


そこにあるのは、殺意だった。


単純で、疑いようのない……敵意が。


「玲衣さん……」


僕を救ってくれた玲衣さんの面影すら感じさせない、その冷たさに……僕は唇を噛む。


ギュッと刀を掴むと、立ち上がった。


右足は痛いし……胸の奥ももっと痛いけれど。


「……玲衣さん、僕と戦ってください」


いっそ、傷つけあってしまおう。


「それで、僕が勝ったら____」


傷ついて、傷つけて____それで、気が済んだら。


僕は地面を蹴って跳び上がった。


刃を、彼女に振りかぶる。


「……一緒に、帰りましょう。

見廻隊に____僕らの、居場所に!」

僕らの帰るべき場所に。


玲衣さんは軽く横に走り退いた。


その指が、矢を放つ。


矢を刀で弾いた僕に聞こえて来たのは、彼女の返答。


「じゃあ、私が勝ったら___どうか、大人しく殺されてください」


苦しまないようにしますからと、彼女が唇だけでつぶやいた。


それが、彼女の答えだ。


もしそうだと言うのなら___



___白昼夢:さくら



刀が僅かに震える。


その途端、僕の周りに桜の花弁が出現した。


「百花___桜蘭!!」


舞い上がった花弁は、辺りを吹き荒れる。


そんな中、僕は刀を突いた。


乱れ咲く斬撃を避けるように、玲衣さんが駆ける。


彼女が放った矢が、桜の花びらに包まれて爆ぜた。


___そう、きっと僕らの白昼夢は似ている。


僕は夢術エネルギーで、玲衣さんは光エネルギーというだけ。


根本的には似たような力なんだ。


ならば、この二つは___


___相殺できる!


「花筏!」


____だが。


玲瓏蘿月れいろうらげつ


彼女の言葉と共に、彼女の放った矢の軌跡が光る。


それは僕の刀を絡め取って、衝撃波に変わった。


___そう、相殺できるのは彼女も同じ。


そのあまりの光の強さに目が眩む。


彼女は白昼夢に目覚めてから日が経っていない。


それなのに……既に、使い慣れている。


白昼夢本能”と分かり合えている。


____退け。


僕の内側で警鐘が鳴る。


こいつは化け物だ。

人じゃない____勝てっこない。


彼女の矢は、僕の視界を奪い去っていった。


時折その矢が僕の四肢に擦り____ゆっくりと体力を取っていく。


僕は思いっきり地面に踏み込んだ。


「八重桜!」


地面に向かって白昼夢を放つ。


そして、僕は飛んだ。


爆ぜた花をバネに、天井に跳び上がる。

途端に、光が視界を激しく渦巻いた。

だが、止まりはしない。


光の矢の中から、抜け出る。

そのまま、空中で刀を構えた。


溢れでるように、桜が舞い散る。


___そう、それでいい。


着地と共に振りかぶった僕に、近距離での射撃が飛び込む。


それは、肩を貫いて……赫い飛沫に濡れる。


___それでもいい。



「玲衣さん___貴方は、環さんじゃないんです」



冷たい彼女の瞳に、僕は叫ぶ。


「環さんの記憶を持っていても、たとえ玲衣さんが環さんの“核”だとしても……夢術の産物だとしても___それでも、玲衣さんは玲衣さんです」


彼女の放つ光が、僕の足を貫いた。


地面に転がった僕に、彼女が矢を向ける。


「……何を言っているんですか」


その言葉に温度は灯らない。


「私は、環です。

それ以上でもそれ以下でもない。

私の使命は貴方を殺すこと。

___それだけ、なんです」


ゆっくりと、その矢を彼女は引く。


光でできた矢を。


____白昼夢:光。


その矢尻は、僕にまっすぐ向けられていた。


「……だったら!!!」


僕は叫んだ。


そして、その矢を___手で、掴んだ。


矢の形といえど、正体は熱く燃ゆる光。


それに灼かれた指先が、尋常じゃなく痛んだ。


「だったら……証明してみせてくださいよ!!

貴方が“神奈月玲衣”じゃないというなら___」


もし、彼女が“環”という救済の暁の夢喰いなのであるのなら___白昼夢“光”は、の力じゃないというなら。


「僕を、撃って下さい」



___貴方は僕を殺せるはずだから。





59話に続く。

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