第58話 殺せるはずだから 前編

第58話 





「全く……同じ……?」


僕___桜坂風磨は、凪さんの言葉に目を見開いた。


「そんなの、って……」


だが、彼は首を横に振る。


「とにかく、これは___俺が倒さなくてはならない相手だ。

俺がやるべきことなんだ。

だから、お前もやるべき事をやれ」


そこに籠る悲壮な決意に、僕は声を挟むことができなかった。


彼は、僕の肩を優しく押す。


「大丈夫だ、俺は死なないから。約束だ。

___どうか、お前は玲衣を助けに行ってやれ。

きっとお前を待ってるだろうからな」


そうして彼は自分の袖で頬を拭うと、未練さえ断ち切るように立ち上がった。


唖然としている僕から少し離れた彼は、腰の鞘から刀を抜いて構える。


___夢術:かぜ


彼の周りに旋風が巻き起こった。


地面が揺れ、瓦礫がまた落ちてくる。


それは僕と凪さんの間を埋めて行った。


「凪、さん……!?」


瓦礫の向こうに叫んだ僕は、彼の声を耳にした。


「……居るんだろ。

コソコソ隠れてないで、出て来い___」


彼が呼んだその名は、以前彼自身が懐かしむように口にしていた名前だった。


それは、彼の___





仁科翠奈にしな すいな!」







___行方不明だと言っていた、彼のの名だった。







* * *






___バンッ!!!





和室の間を繋いでいる障子が、物凄い音を立てて開く。


敵襲。


私___北条詩は、音の方に銃口を向けた。


いつでも弾を発射できるよう、その引き金に手をかける。


……だが。


「北条せんぱぁあああああああああい……っ!!!」


転がり込んで___本当に文字通り転がり込んで来たのは、シオンくんだった。


勢いが殺しきれなかったのか、彼は地面に盛大なスライディングを決める。


思わず私は銃を構えたまま固まった。


え?

何で???


頭の中一杯にはてなマークが浮かぶ。


「し、シオンくん……どうして此処に来___」


「それどころじゃないっす!」


ガバっと、彼が顔を上げた。


「とにかく逃げるっすよ!」


そしてむんずと私の腕を掴むと___


「ええ……ええええええええ!?」


私を引きずるように走り出した。


私はどうにかもつれた足を解き、彼と一緒に走り始める。


和室を駆けながら、シオンくんは口を開いた。


「ユーキが突然襲って来たんす」


「竹花さんが……?」


聞き返すと、彼はうんと頷いた。


「まぁ、何故かはぼくの方が知りたいんすけどね!!??」


そこまで言った時だった。


私のすぐ横を、鎖が突き抜けた。


それは、シオンくんの足元の地面に突き刺さる。


「詩ちゃん!」


思わず足を止めた私達に掛けられたのは___竹花さんの声。


……追いつかれた。


私を掴むシオンくんの腕に、力がこもる。


振り返った私が目にしたのは、息を切らしながら叫ぶ竹花さんの姿だった。


「今すぐ離れろ、そいつは___」


だが、続け様に放たれた言葉に……私は唖然とする。


!」


___え?


何言ってるの?


本当はそう言いたかった。


だが、その前に……私を衝撃が襲った。


それと同時に、目の前に血が舞う。


___血?


誰の?


私のだ。

私の背中側から飛んだ血だった。


背中を袈裟斬りにされたのだろう。

反射的に踏み出していた一歩で、どうにか致命傷を免れた……それくらい、深い傷。


「……あ〜あ」


すぐ背後から聞こえたのは、酷く低くて、そして無感情な声だった。


その声の主がシオンくんだと気がつくまで、果たして何秒かかっただろう。


……私の目が捉えたのは、確かにシオンくんだった。


だけれど。


彼は冷たい表情で、刃先が血で染まった槍を回していた。


「あ~あ、ユーキが変なこと言うから……ちゃったじゃないっすか」


「…し…おん……くん…?」


へたり込んでしまった私に、シオンくんがもう一度その刃先を向ける。


冷たい刃先が、眼前に迫る。


だが、その前に竹花さんの鎖が彼の槍を弾き返した。


素早く跳躍した竹花さんが、シオンくんに蹴りを食らわせる。


背後に退いたシオンくんは、左手の槍をくるくると回した。


「シオンくん…嘘……だよね…?」


私は、よろよろと立ち上がった。


信じられない。

信じたくない。


でも確かに……今、彼は私を殺そうとした。


私は縋るように呟く。


銃を握りしめて……でも、その引き金に指はかけずに。


「嘘って言ってよ…」


明らかに、は異質だった。


その見た目は私の知っている通りのシオンくんだ。


だけど……その他全てが違う。


まず、彼はあんな笑い方はしない。

瞳にあんな翳を湛えたりはしない。


シオンくんなのに……シオンくんじゃない。


そう、彼は___人じゃない、何かだ。


「……シオンくん、だって?」


彼は私の言葉に口角を上げる。


「あっはははははは……っ!!」


愉しそうに、彼は笑った。


「ははは……はぁ……ほんっと、馬鹿っすねぇ。

だなんてもう___この世の何処にも居ないんすよ?」


彼が、跳んだ。


その槍の先は、迷うことなく竹花さんに向けられている。


竹花さんが逆手に振ったクナイと、激しくぶつかった。

甲高い音が響く。


だが、拮抗を破ったのは竹花さんの方だった。


「……詩ちゃん、ヨザキは上だ」


そう言って、彼は鎖を回す。


その先端の刃が、シオンくんに真っ直ぐ突き刺さった。


彼の服に赫い色が滲む。


それを目にした竹花さんの表情は___酷く苦しそうだった。


だけど、それでも彼は目を逸らさない。


足でシオンくんの身体を蹴り飛ばし、自分ごと隣の部屋に転がり込んだ。


「悪りぃ……任せるわ」


後ろ手に障子が締められる寸前、そんな声が響いた。


私は逃げるように、その場から走り出した。

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