第57話 終わりの始まり 後編
「……う、ぅ」
やばい、一瞬だけ気絶していた。
僕___桜坂風磨は、頭を押さえて身を起こす。
「大丈夫か、風磨」
未だ少しぼやける視界に映ったのは___
「凪、さん」
「すまない、少し派手にやり過ぎた」
ぼやけた視界でも分かるほど、彼はしょぼんとしていた。
「いや、そんなことは____」
やっと焦点があった目がとらえたのは、周りに散乱する瓦礫の山々。
「___ちょっとあるかもしれませんね」
これ、何階分破壊されたんだろう?
味方がやった事ながら、少し唖然としたのも事実だ。
「……思ったより、状況はこじれているらしいな。
旋風をここにぶつける時____風の勢いを相殺された。
だから余計風力を強めることになって……こうなった」
多少言い訳も入った状況説明。
その間に立ち上がった僕は、彼に聞き返した。
「相殺…ですか?」
「ああ。
渦の向きと反対側に渦巻いた風を送り込まれた。
俺と似た夢術者か夢喰いかが居るみたいだな」
凪さんの“風”と似た夢術……か。
「ともかく、そいつがいたら俺が相手すれば良いだろう。
全く同じ夢術でさえなければ、必ず対処の糸口はあるからな」
以前、紅さんが戦った火を操る夢喰い。
……あれは、発火物質であるリンを操っていたんだっけ?
結局難し過ぎてよくわからなかったけど。
少なくとも、あれは紅さんと同じ夢術ではなかった。
そもそも、普通であれば同じ夢術を違う人が持つことなんてないのだ。
夢術は基本一人一つ、一種類。
例外として、兄弟や親子で遺伝的に継がれる……それだけだろう。
「……それに」
彼は歩き出しながら言葉を繋ぐ。
「それに、玲衣を一番救いたいのはお前だろう?
そうならば、俺はそのサポートをしてやるだけだ」
「……凪さん……」
僕が名前を呼ぶと、少し恥ずかしそうに彼は振り向いた。
「だが、玲衣は嫁にはやらんぞ」
「父親ですか」
僕は笑いながら彼の後を追った。
瓦礫の山を登っていき、僕らは畳が続く和室に出た。
「……内部って、こんな感じになっているんですね」
思わず出る呟き。
同じような部屋が連なっているせいで、どことなく眩暈がする。
「おそらく平衡感覚を失わせるためだろうな。
ほんの少しだけ、上下左右の柱が歪んでいる。
……今から平衡感覚を失わないように____」
呟きに答えた凪さんの声が……途切れた。
途端に、上から降ってきたのは____旋風。
……旋風?
ガラガラガラ___
それに抉られた天井が、僕らの上に降り注いでくる。
大小の瓦礫があたかも雨のように頭上から落ちてきた。
僕は咄嗟に凪さんの腕を引っ張って、瓦礫から避ける。
……今のは、凪さんの夢術じゃない。
敵襲だ。
それは分かっていた。
あれは敵の攻撃だ。
……だけど。だけれども。
凪さんが攻撃に使うものと同じ……旋風。
それが、僕らを襲いかかってきたのも、事実だった。
「凪さん、今のって____」
瓦礫の後ろに身を隠して彼の方に目を向けた僕は、言葉を切る。
……彼は、嗚咽していた。
「なんで……違う、違うそんなはずはない……
ありえない……あっちゃいけない……
だって…そんな……俺は……」
その唇から漏れる、小さな呟き。
過呼吸に入ったのか、その肩は絶え間なく上下を繰り返していた。
「凪さん!」
僕の叫びに、彼は肩を震わせる。
僕はその肩をぐっと掴んだ。
そして、そのまま強く揺さぶる。
「しっかりしてください、凪さん!
今僕らは敵の陣中のど真ん中なんです……敵襲を受けてるんですよ!?」
その焦点が、やっと結ばれる。
一度瞬きをした彼は、ふっと身体から力を抜いた。
ゆっくりと、彼の呼吸が落ち着いていく。
「……風磨、先に行け」
やっと彼が放ったのは、そんな一言だった。
「え……?」
俯きがちに放たれた、その言葉。
「な…何言ってるんですか、凪さん…?」
思わず聞き返した僕に、彼は繰り返した。
「先に行け。
先に行って、玲衣を救え。
……俺はここに残る」
「そ……そんなこと言わないで下さいよ!
僕も戦えます。手助けでき____」
「駄目なんだよ!!!」
彼の怒号が、僕の言葉を遮る。
彼は、何かに縋るように拳を握った。
「駄目なんだ………多分、俺も風磨も……あいつには勝てない」
“あいつ”とは、先ほど僕らを襲った敵のことを指しているのだろうか。
僕は目を瞬いた。
「勝て、ない……?
でも、さっき……解決の糸口はある…って……」
それは、先ほど彼自身の言った言葉だった。
「あぁ…言った。
確かに言ったな____」
彼の目が、僕を見る。
……それは、泣き出しそうな……どこまでも傷ついた目だった。
言い換えれば、苦しむ子供のような目だった。
「____全く同じ夢術でさえなければ、ってな」
58話に続く。
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