最終章 華は誰が為に散るものか

第57話 終わりの始まり 前編


第57話 



ドォォォォォン___



壁を突き破った上昇気流(自称)は、僕らを部屋の真ん中に放り投げてから、ピタリと止んだ。


「雑っすよぉ!!!???」


ぼく___シオンは、誰にともなく文句を上げる。


いや、すでに移動手段が風という時点でかなり雑ではあるけれど……流石にそれで壁をぶち破ろうとしてたのは雑の極みっすよ!?


辺りを見渡すと、案の定周りには隊員の姿などなく___


「なんでいねぇ事になってんだよ、おい」


上からひょいと伸びてきた拳が、軽くぼくの頭を小突いた。


「あ、ユーキ」


恐らく、一階分上に着地したのだろうか。

……とはいえ、瓦礫のせいでどこが天井だったのかも怪しいが。


優希はひょいひょいと瓦礫の間を飛び降りてきた。

そして、しゃがんでいるぼくの直ぐ前で立ち止まる。


「ま、俺らだけでも一緒だったのは奇跡だよな。

___こんなの中じゃ、だけど」


その言葉尻に、の皮肉を感じたのはぼくだけだったのだろうか?


「まぁまぁまぁまぁ……タイチョーの判断も分かるっすけどねぇ……。

爆撃の範囲が広いから、その分ぼくらの居場所も悟られづらいってことっす___よいしょ」


ぼくは腰を上げながら、優希に手を伸ばす。


「なぁシオン、玲衣さんはどこにいると思うか?」


呆れつつも、彼はぼくの手を引き上げた。


「___下っすかねぇ。

恐らくヨザキと一緒だろうし、さっきの崖を唯一の道だと考えれば、距離の遠い階下にいた方がヨザキにとって安全っすね」


「だな」


彼はぼくを尻目に、トントン、と瓦礫を降り始めた。

そこに一切の躊躇はない。


___きっと、玲衣さんを助けにいくんだろうな。

優希にとって、玲衣さんは大切な友達だったし。


「よいしょっ」


ぼくは彼の背中を追い抜くように、一気に瓦礫を飛び降りた。


「あ、ちょっと待てシオン___」


優希の声が背後から聞こえた……その時。


「っ!」


目の前に現れたのは、黒いローブだった。

黒いローブの……夢喰いだった。


その手には、トランシーバーのようなもの。


……見張りだ。


ぼくは反射的にそう理解した。


黒ローブの夢喰いは、慌てたように電話口に声をかける。


「十二階に見廻隊の“予”が____ゔっ」


その言葉が最後まで言われることなく、トランシーバーが手から放り出された。


「シオン、まずいぞ!」


トランシーバーを絡みとったのは、優希の鎖。


放り捨てられたトランシーバーは、壁に当たって砕けた。


「早く逃げねえと、他の夢喰いどもが集まってくる……!」


「分かってるって!」


ぼくは左手で槍を回して構える。


そして、それを夢喰いに向かって突き出した。


ギリギリで飛び退く夢喰い。


それに対して、ぼくは回転しながら間合いに入る。


左の掌で回した槍の先で、夢喰いの核を抉ろうとした。


だが、夢喰いがローブの下から懐刀を取り出す。


その刃先がぼくの眼前を掠めた。


ヒュッと風を切る音。


優希の投げたクナイが夢喰いの腕に突き刺さる。


動きが止まったその刹那に、ぼくは槍をその核に突き立てた。


パリン、と音が鳴った。


「……はぁ、ギリギリだったっすねぇ」


夢喰いの消え去った後を眺めて、ぼくは汗を拭う。


「____う」


その時、小さな声が、優希の方から聞こえた。


聞き間違いかと思うほど、小さな呟きが。


ぼくは、その声に振り返った。


「なんすか、ユー____」



ピッ、と目の前に赫い色が散る。


「…え…?」



ドロリとした感触に、ぼくは右手で頬を拭う。


手にべっとりとついた、赫。


……それは、ぼくの血だった。

頬の傷から散った、血。


そして、それはが付けた傷だと気づくのに___少し、時間がかかる。


「え……な……何の冗談っ、すか…?」


ぼくは頬を抑えつつ顔を上げる。


鎖鎌を構えた優希の顔には……明らかな殺意。


その矛先はぼくだった。


「違う……」


ぎゅっと唇を噛み締めて、彼はもう一度ぼくに鎖鎌を投げた。



「お前は___!」

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