第56話 狼煙 後編
桜庭町の北西をずっと行った先____むしろここが桜庭町かすら怪しい森の奥。
普通の人ならまず辿り着くことはないであろう場所。
……でも、いやだからこそだろう。
こんなに大きな建物が、今まで発見されて来なかったのは。
シオンがはぁぁ、と感嘆の息を吐く。
「でかいっすねぇ」
「正直、何処をどう来たのか覚えてないですよ」
詩ちゃんが、ポツリと呟いた。
そんな弱音も言いたくなるのが分かるくらい、「救済の暁」の本体は大きかった。
摩天楼。
そんな言葉が適切なのだろう。
崖の下から天高く生えた摩天楼とでも言うべきか。
僕たちのいる崖のうえからでも、その屋根先は首を上に曲げないと拝むことができない。
____そう、ここなんだ。
玲衣さんの気配がしたのは、ここからだった。
彼女がここにいるという事実だけが、僕を突き動かしていた。
「……いいか?」
凪さんの声が、僕たちに届く。
それは酷くピリついている。
そりゃそうだろう。
僕らが今からしようとしていることは、あまりに無謀で…あまりに命知らずだ。
「俺たちがここに来ていることは、恐らく向こうも把握済みだろうな。
……ここから先に足を踏み入れたら、もう戻れないかもしれない。
帰ることができないかもしれない。
当然のことだ」
彼がザッと振り返った。
「____それでも、お前たちは進むのか?」
シオンが、彼の言葉に口を開きかけて……
____突然、プッと吹き出した。
「…っ、あはははは____って痛っ!」
彼の体が前のめりになる。
「何するんすか、ユーキ……」
優希がその頭を軽く殴りつけたのだ。
「そりゃこっちの台詞だろうがっ!
今、凪さんが必死に真面目な話してるんだぞ!?」
慌てたようにシオンに掴みかかる彼。
「……必死とか言うな!
恥ずかしいだろ……!」
凪さんが羞恥に顔を赤らめながら突っ込む。
黙っている詩ちゃんの方を見たら、笑い苦しむように地面に手をついていた。
ひいひいと喉を鳴らしている。
……そういう僕だって、少し(どころじゃなく)吹き出しそうなんだけど。
僕は口元がニヤニヤすることないよう、必死に抑えながら凪さんに言う。
「そ、そもそも……帰れないかもしれないことを怖がってたら____ここまで来てませんよ」
「笑いながら言ったら、言っていること台無しだろ」
ユーキが静かに突っ込んだ。
___分かってるから言わないでっ…!
余計にその冷静さが笑いに繋がっている事を、彼は理解していないようだった。
コホン、とわざとらしい咳払いをしてから、凪さんが気を取り直して言った。
「……べ、別にお前らが大丈夫なら良い」
ぷくっと頬を膨らませながら言うその様子は、どこか拗ねてるようにすら見える。
「これから俺が上昇気流を作って、建物まで連れて行く。
そこからは本当の戦場だ。
各自行動となる。
最優先は自分の命。
その次に玲衣の救出。
____ヨザキの討伐は、優先しなくて良い」
どうにか笑いから立ち直った隊員が、各々頷く。
その胸中には、きっと互いの知らない思いが渦巻いているのだろう。
笑顔に隠された___思いが。
それを僕は知らない。
それに、みんな____僕のそれを知らない。
___でも。
でも、僕らは仲間だ。
全部を分かり合えなくても、それでも僕らは一緒に戦って、生きて、笑ってきた。
もう一度笑って生きていけるように____これは、“生きるため”の戦いだ。
戦いに身を落としても、それでも生きている僕らの____戦い。
「それじゃあ、行くぞ」
凪さんの声が響く。
____夢術:
上昇気流が……全てを、巻き上げた。
僕らの戦いの狼煙には、それで十分だった。
第4章 華は散るから美しい___完
最終章へ、続く。
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