第55話 僕のレゾンデートル 後編

歩いて約二時間。


「……ついた」


桜庭見廻隊の玄関。


入隊してから外泊したことだなんて初めてだったから、その扉を開けることにほんの少しの抵抗を覚える。


___しかも、家出同然だったし。


怒られるかな……。


僕は意を決して、ドアノブを回した。


ガチャリ、とドアが開く。


「ただいm___」

「風磨!!」


……やっぱり…。


部屋の奥から聞こえた、凪さんの怒号。


彼が玄関のところまで駆け寄ってくる。

その様子は慌てていて、いつもの冷静さは見受けられない。


「今までどこに行ってたんだ、お前」


「す、すみません……その……」


「___心配したんだぞ?」


彼の大きな手が、僕の肩に置かれた。


恐る恐る、目線を上げる。


目があった彼は……少しだけ、笑っていた。

とても微かだが____とても安堵したような、笑顔が。


「そんなとこでいつまでも突っ立ってないで早く入ってこいよ」


奥から顔を覗かせたのは優希だった。


「まったく、タイチョーは心配性なんすからぁ」


やれやれと言わんばかりに肩をすくめるシオン。


「……仁科さんって、風磨さんにも過保護だったんですね」


詩ちゃんは、呆れたように笑っている。


その様子に……思わず目を見開いてしまった。


……そっか。


「ここも、だったんだ」


僕は1人で笑う。


「……何がだ?」


凪さんが怪訝そうに眉を顰めた。


だが、僕は首を振る。


「いえ、なんでもありません」


そして、靴を脱ぎ捨ててリビングの方に駆け寄っていく。


「ただいま!」



なんだ、ここも。


……ここも、僕が帰る場所だったんだ。




* * *




「……なるほど」


凪さんは僕の話を聞いて、頷いた。


「つまり、風磨は父親に再会して……それで、救済の暁に乗り込むことを決めたんだな」


「……はい、そういうことです」


彼の目が、答えた僕を射抜く。


……それは、睨みとでもいえようか。

当人の自覚があるのかないのか分からない鋭い眼光が、僕に突き刺さった。


「分かってるのか?

お前がやろうとしていることの無謀さを」


僕は、彼に頷いて見せる。


「もちろんです。

……無謀だってこと、無理だってこと分かってます」


その眼光から逃げてはいけない。

凪さん自分の隊長にすら話を通せなくて……何が成せる?


目が合って……僕は、そこから逸らさない。


「だけど……だからって……僕には、そうすること以外の選択肢はないんです」


戦うことしかできない僕だから。


僕の大切な人達を救う為には……そうするしかない。


「……もう、戻れないことは分かってるんです。

だから、僕はこの隊を___」


「___敵の場所は?

進入経路は分かってるのか?」


___脱隊します。


そう言おうとした僕の言葉は彼に遮られる。


「……え」


言い損ねた言葉は、間の抜けた声となって、口から飛び出た。


彼はそれをチラリと横目で見ると、ソファーから腰を上げる。


そして、尋ねた。


「隊員に訊きたい。

___救済の暁に、乗り込む気はあるか?」


静かな……だが揺らぎないその声。


「ちょっ、凪さん!?」


驚いた僕に、彼がちょっと笑って見せる。


「反対の声が、出ないみたいだな?」


____確かに、どの隊員からも反対意見は出ていないが、だが。


「で、でも……皆んなに迷惑はかけたくないんです!

だから僕1人で行かせてください…っ」


僕は慌てて彼の前に立ち塞がった。


____救済の暁に乗り込むだなんて、僕のエゴにすぎない。


無事に帰って来られる保証なんてない。

否、可能性なんてほぼゼロに近い。


そんな危険なことに____仲間を巻き込めるわけないのに。


「……風磨、1人で救済の暁に乗り込みたいのなら、俺たちを止めてからにしろ」


「……っ」


凪さんは、一切動じない。


「桜庭見廻隊の目的は、夢喰いの殲滅。

その為に俺たちは戦ってきた……違うか?

……一人じゃ出来なくても……全員でなら、少しくらい勝ち目はあるだろう」


「凪さん____」


だが、彼はついとそっぽを向いてしまう。


「……まぁ、俺も仮にも隊長だからな。

これくらいやらないと示しがつかない」


照れているのだろうか、そう言った彼の耳の先が赤い。


「それに、向こうに隊員が囚われているのなら、助けない選択はない。

全員生還、これを最優先とした突撃を行う___それでいいか?」


「異論なーし!」


シオンが勢いよく手を上げた。


「……ところで、どうやって救済の暁の場所を見つけるんですか?

対夢術管理協会も見つけられてないとなると……相当しっかり隠れてるんじゃ」


「そ、そのこと……なら……」


僕は詩ちゃんの問いに口を挟んだ。


粘い唾を飲んで、顔を上げる。


「……僕に、考えがあるんです」





56話に続く。

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