第55話 僕のレゾンデートル 前編

第55話



「……それが」


僕____桜坂風磨は、小さく息を呑んだ。


「それが、玲衣さん……」


到底信じられることでない__だけども、どこか心の中に納得があるのも事実だった。


__玲衣さんが、 僕のお母さんアサギと同じ歌を口ずさんでいたのも。

環が、僕の前に現れたのも。


環と僕は姉弟のような関係だったから。

……全部、そう言うことだったんだ。


「……風磨」


お父さんが、僕の名前を呼ぶ。

それから、静かに言葉を吐いた。


「俺は、許されないようなことをした。

あの時、俺はアサギに出逢うべきじゃなかった。

アサギが死んだ後、風磨と澪を、俺の手で守り抜くべきだった。

環に会おうとなんてするべきじゃなかった。

__そして、玲衣をもっと早く殺すべきだった」


僕は、彼の言葉に拳を握りしめる。


「ごめんね、風磨」


……ごめんだなんて言われても、なにも変わらない。


本当はそう言いたかった。


だけれど、言ってしまったとしてもなにも変わらないのも…わかっていた。


「……なら」


なら、僕は何をすれば良い?


その最適解は、もう僕の中で出ていた。


「……この戦い自体を、終わらせます。

僕の手で、僕自身で」


僕は、拳を握りしめる。


____澪を救うか、玲衣さんを生かすか____それを選ぶこと。

それが、意味での最適解だった。


だけど……そんなこと、僕には出来やしない。

どちらも大切で、どちらも守りたいのだ。


なら、どちらも救うしかないじゃないか。


少しだけ、お父さんの口元がひくついた。


「……風磨、でもそれは」


「無茶言っていることくらい、分かってるよ。

それでも……僕は、見捨てるなんて出来ない」


僕は彼の言葉を遮る。


____どうやって救うのか?

それは、分からない。


それでも、やがて来るだろう“終わり”を遠ざけることはできる。

タイムリミットを、壊すことはできる。


どちらも救える方法が見つかるその日まで、誰も傷つかないようにする事。


それが、答えだ。


「……そうか」


彼は少しだけ悲しそうに笑った。


そして、その手で僕の頭を撫でる。


「ちょっ……お父さん…っ」


流石にこの歳で頭を撫でられるだなんて、恥ずかしいって!


だが、彼はその手をどけない。


「あはは…やっぱり、風磨はアサギの子供だね。

……本当によく似てるよ、絶対に逃げないところとか、抱えてしまうところとか」


それは慈しむような、悲しむような。

確かに微かな温度を伴う言葉。


「……うん。

それに、僕はお父さんの子だからね」


僕はそっと小指を差し出した。


「絶対、澪と一緒にまたお父さんのところに会いにくるから」


「約束?」


小さな傷だらけの彼の小指が、僕の指にからめられた。


「約束です」


何度こんな会話を夢見ていたのだろうか、僕は。

家族に、どれだけ憧れていたのだろうか。


何気ない平凡を、平穏を。


それを享受する時___その時は、澪が一緒にいなきゃいけないんだ。


もちろん、玲衣さんも彼女の幸せを手にして。






それが________僕の、 戦う意味レゾンデートルだ。





* * *



「僕は、残ります」


僕が桜庭見廻隊に帰ろうとした時、晶くんが言った。


「……え?」


僕は目を瞬く。

お父さんの表情も、僕と似たようなものだ。


だが、晶くんはふっと唇を緩めた。


「あ、大丈夫ですよ?

ちょっと轍さんの“お手伝い”をしたいだけですから___ね?轍さん」


彼がお父さんを見上げる。


「な、なんのことだろう…」


お父さんは、彼からすっと目を逸らす。


その顔には、引き攣った笑み。


「……お父さん…」


僕の訝しげな声に、ついに彼は折れたようだ。


「……あはは、なんでもないんだ。

ただ、風磨が救済の暁に乗り込むのなら、俺も救済の暁に潜入しておいた方が……良いのかな、と思っただけだよ」


「ほらぁ、やっぱり」


晶くんはニコニコと笑って言った。


「風磨さん、僕のことは気にしないでください。

……これは、僕の選択なんですから。

詩を少しだけでも衛れるのなら_____それでいいんです」


「……そっか」


僕は素直に頷いた。


晶くんが望むというのなら……僕にそれを止める権利はない。

止めたとしても、きっと彼は止まらないと思うし。


「でも、無理はしないでね」


「それは風磨さんこそですよ。

……それと、詩に、僕は元気だよって伝えといてくれると、嬉しいです」


「うん」


僕は今度こそ彼らに背を向けた。




「それじゃぁ、行ってきます!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る