第52話 夢術による生命体 後編
「ここ、かな…」
俺は手紙を大事に握りながら独り言を呟いた。
……ヨザキ様のお姉様ということは……つまり、彼女も夢喰いの始祖ということなのだ。
そんなお方に、俺は手紙を届ける。
……読めない。
ヨザキ様の真意が、読めない。
俺なんて一介の信者に、手紙を届けさせるなんて……。
だってそうだ。
放っておけば勝手に死ぬし、夢術の証明すらできない。
少し興味があるからって、普通……こんなことをさせるのか?
俺は悶々としながら山道を登っていく。
山を分入ったその先に開けたのは、少し地味だが大きな邸宅。
それが、彼女の家だという話だった。
「失礼します…」
俺はやけに重厚な門をくぐり____
「っ!?」
飛び退いた。
すぐ目の前の地面に突き刺さる、矢。
それは、俺の頬を掠めた。
…矢?
困惑する俺に、少女の声がかけられた。
「答えなさい。
貴方は何者なの?」
俺は声の方を見た。
玄関までの道の途中に、13歳くらいの少女が立っている。
彼女の双眸は___赫い。
……夢喰いか。
彼女は弓矢を構え、その鏃をこちらにむけていた。
彼女は繰り返す。
「答えて。
さもなければ殺すわよ」
その恨みの込められた目に射すくめられ、俺は慌てて答えた。
「あ、お…俺は、ヨザキ様に頼まれてアサギ様に手紙を届けにした者で____うわぁっ!?」
言い終わる前に、彼女が矢を放った。
しゃがんで、どうにか避ける。
夢喰いの少女は、俺を睨みながら矢をつがえた。
そこには純粋な殺意が込められている。
その目には拒絶だけが映されていた。
「帰って。
ヨザキ様の遣いならいらないわ。
アサギ様に近寄らないで」
矢が、四方八方から飛んでくる。
____夢術:
俺は刀を出現させ、それを薙ぎ払った。
入信前は軽い用心棒もやっていたから___矢を薙ぎ払うくらいなら造作ない。
コトリと落ちる矢。
あたりの地面には、数本のそれが転がっている。
それを見届けた俺は夢術を解いた。
その瞬間、少女がハッとした表情になる。
「今、矢が___」
……そう、今俺は存在しないはずの刀を出現させ……そして、存在ごと消した。
彼女からみれば、矢が一人でに落ちたように見えただろう。
「っ!」
彼女の表情が悔しげに歪められる。
「だったら___」
「環ちゃん!
何やってるの!」
どこからか聞こえてきた声に、少女の動きが止まった。
反射的に、動けなくなったといった方が正しい表現だろうか。
母親に怒鳴られた子供のように___肩を振るわせる。
彼女が振り返った玄関では、女性の夢喰いがふくれっつらでこちらを見ていた。
「ま〜た、お客さんに攻撃して……ダメだって言ってるでしょ?」
環という名の夢喰いの少女が、大人しく弓を下げる。
彼女は、怒られた子供のようにしゅんとして言った。
「ごめんなさい……アサギ様…」
……アサギ様?
俺は玄関で佇む女性の夢喰いを見た。
長い髪を肩にかけた女性。
彼女は、和服の上に赤いフードをまとっていた。
確かに…ヨザキ様に似ていると言えば似ている気もする。
彼女が俺の視線に気がついたのか、こちらを見た。
視線が合う。
アサギ様は、にっこりと笑った。
「ごめんね、うちの環ちゃんが……。
いい子なんだけど、ちょっと警戒心が強くて。
君、何しに来たの?」
「あっ、えっと…!」
俺は手紙を前に差し出す。
そうだ、戦闘で忘れかけていた。
「ヨザキ様からアサギ様にこのお手紙を届けに来ました!」
「お手紙を……か」
彼女は、くすりと笑った。
「いいわ、上がってちょうだい。
お茶は好きかしら?」
「え、でも…」
俺は目を瞬く。
そんな軽々しくアサギ様のお宅に足を踏み入れてもいいものか……?
「アサギ様が入れと言ってるんだから、さっさと入ればいいわ。
私もお茶くらいなら淹れてあげる」
さっさと入れ。
環の目がそう語っていた。
「あ……はい…」
俺が踏み出そうとした_____その時。
「…っ」
ドキン____
大きく、一つ心臓が鳴った。
途端に襲いくる、胸を締める苦しさ。
やばい。
率直に、俺はそう思う。
持病による心臓発作。
なんで、このタイミングで……。
視界が回る。
「……!……!?」
ああ、せめて___せめて、救われたかったのに。
遠く声が響いた後、俺の意識はぷつりと切れた。
「~~……~…」
どこか懐かしいような音楽が、俺を目覚めさせた。
……そうだ、俺倒れたんだっけ。
額に、ひんやりとした手が添えられているのを感じる。
薄目を開いた俺が見たのは、環という少女の顔。
____夢術:
体が楽になっていく感覚。
それが少女の夢術によるものだと気づくまで、俺は横になったままその顔を見上げていた。
彼女は彼女で、俺が起きたことに気づいてなお表情ひとつ変えない。
やがて、彼女の手元から光が消える。
「……もういいわよ」
彼女は俺に言うと、無機質に立ち上がった。
「アサギ様、治療は終わりました」
「はーぁい、お疲れ様…環ちゃん」
二人の会話から、俺が今いる所がアサギ様の邸宅内だと悟る。
「えっと、あの……」
身を起こした俺は目を瞬いた。
部屋の奥から、パタパタとアサギ様が駆け寄ってくるのが見える。
彼女は俺のすぐ横に座り込んだ。
そして、顔を覗き込んでくる。
「大丈夫?
もう苦しいところはないかしら?」
「は……はい」
俺は慌てて正座して頭を下げた。
地面にめり込むくらい、深く。
……そうだ。
彼女たちのペースに乗せられかけていたが……ここは、ヨザキ様のお姉様のお宅。
そんな所に俺が居ること自体がおかしいのに、呑気に座り込んでいるだなんて無礼甚だしい。
だが、そんな様子を彼女はコロコロと笑った。
「顔を上げてちょうだい。
ここには貴方をとって食らうような夢喰いはいないわ」
「よ……よろしいのでしょうか…」
「ええ、もちろんよ」
おずおずと顔を上げた時、部屋の向こうに環の視線を見つけた。
……早く顔を上げろ。
殺意すらこもっていそうなその視線がそう告げている。
「は…はいっ…!」
本能が警鐘を鳴らす。
俺は慌てて顔を上げ、姿勢を正したのだった。
53話に続く。
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