第52話 夢術による生命体 前編

第52話


「夢術による……生命、体……?」


僕は、彼の言葉を復唱した。


玲衣さんが……?


彼女が、夢喰いから生まれた……?


僕の中で湧きあがった疑問符は、消化できないまま思考を濁らせる。


「どういうこと…ですか…?」


僕の問いかけに、彼は割れてしまった煎餅を袋の上に置いた。


「……普通、生命体は親から生まれる。

もちろん、その存在を保つのは化学エネルギーやら物理エネルギーやら……とにかく、のエネルギーだね」


彼はゆっくりと噛み砕くように、言葉を吐く。


「一方、“神奈月玲衣”というは___夢術エネルギーでしか存在していない。

人間でも、動物でも植物でもない……夢術で作られた生命なんだ」


「……夢術で作られたって……そんなこと……」


そんなことが可能なのか?


僕の言葉を読んだかのように、彼は自分のを見せる。


___“ある


そこに浮かんでいたのは、明らかに夢術を表す文字。


___そう、僕は忘れていた。


不可能を可能にしてしまうのが___それが、夢術だってこと。


「この夢術は、存在しないものを“夢術を使っている間だけ、存在するようにする”夢術だ。

___存在値を上書きするといった方が分かりやすいかもしれないね」


彼の言葉で、簡単に___腑に落ちた。


 『風磨くん___どうか、玲衣を___あの子を助けてほしい。

“あなただけの方法”で……風磨くん以外じゃ、きっと“神奈月玲衣”は救われないから』


そう環が言ったのは何故か?


環が玲衣さんが「死ぬ」じゃなくて「壊れる」と表現したのは何故か?


それは……。


「玲衣さんは……お父さんの夢術でもの、だから……」


そして、彼女の死は___彼女がのと、同義なんだ。




桜坂轍“在”の夢術者は、寂しそうに頷いた。




* * *






「……桜坂轍。

お前の入信の理由は何だ?」


そう、それは20年と少し前。


未だ18だった俺は___桜坂轍は救済の暁に入信した。


一般信者じゃぁ、普通あり得ない、教祖との直々の謁見。


ヨザキという名の教祖は、椅子に腰掛けたまま俺に問いかけた。


「……持病で、もう俺は長くありません。

だから……最後くらい、たくて」


俺は、元々病弱体質だった。


ただでさえ良くない衛生環境で育って……肺も、心臓も、臓器も……全て、ボロボロだった。


もって1年。


それがやっとかかれた医者から言われた言葉だった。


……そんな人生だ。


貧しさから抜け出せずに、病気で、簡単に死ぬ。


そんなことで終わるくらいなら、その終わりくらい……救われたい。


「ほぉ」


ヨザキ様は詰まらなそうに相槌を打った。


___きっと、彼は“死”というものに毛頭も興味がないのだろう。

少し期待はずれだ、とでも言いたげな顔をしていた。


彼は足を組み直す。


「……俺は、お前の夢術に興味がある。

“在”だったか?

夢術があるにも関わらず………何もないと称されるその夢術。

それの本質を知りたいものだな」


その言葉に混じる、皮肉。


……そうか、彼が俺を呼んだのは、俺の夢術を見込んでか。


俺は頭を下げる。


「……俺の夢術は、普通存在しないものを、一時期存在するかのように作る夢術です。

だから、夢術が消えれば、作ったものは最初から“ない”ことになるんです」


だから、俺の夢術は使用していない時には、俺の夢術は何もない____そのように思われるのだ。


「ほぉ」


だが、今度の彼の相槌には、関心が込められていた。


その夢術が在ることすら証明のしようがない夢術。


それにきっと惹かれたものがあるのだろう。


彼は俺に言った。


「……中々面白いな。

ふむ……使いようによっては、素晴らしい働きになるかもしれない。

よし、俺の興味を惹いた褒美に、特別な任務をやろう。

桜坂轍、お前には期待しているからな」


「特別な、任務……?」


「あぁ」


彼は俺の前に一枚の紙を落とした。


パサリ、と落ちたそれは。


を、俺の姉に____アサギに、届けてこい。

俺が行くと面倒臭いことになるからな」


…それは、手紙だった。

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