第50話 許さない、許されたい 後編
桜が、降る。
剣が降りゆくその中を___花びらが。
包み咲くように覆った花びらとともに、白い塔は消えていく。
僕___丹生晶は、そっと溜息をついた。
「……綺麗」
それ以外に形容すべき言葉が見当たらなかった。
夕焼けのような色をした風磨さんの瞳が、ゆっくりと閉じられる。
ふわり、とその身が桜と共に落ちてきた。
消えていく白い塔の中を……静かに。
「風磨さん…!」
僕は慌てて彼に駆け寄る。
夢術:
咄嗟に出た夢術が、彼の落下を止めた。
僕はゆっくりと、風磨さんを地面に下ろす。
その肩は微かに上下を繰り返していた。
「……良かった……」
良かった……息をしてる。
守られてしかいない僕が言えたことではないとは、分かっている。
だけど……それでも、思わずホッとしてしまった。
そう思った___次の瞬間。
……だが、その次の瞬間。
バリバリバリバリ_____!
「っぁあああ!?」
身体中に走った、衝撃。
それがくねくねの攻撃だということに気づくまで、時間がかかった。
「なん……で………」
頭を激痛が駆け巡る。
……ダメだ、呼吸が、鼓動が……乱れていく。
また
揺らいだ視界で、くねくねがまた集まりをなすのが映った。
……そうだ、まだ。
まだ静電気が消えたわけじゃ、ない。
何度でも……再生できるのだ。
「…っ」
神様___いや、この際誰でもいい。
誰でもいいから、どうか………
「誰か……助け…て……」
虚空に叫んだその声は、一つの影にかき消された。
* * *
……いかなきゃ。
私、北条詩は汗を拭う。
病院まで、こんなに遠かったっけ…?
私は一歩を踏み出す。
足が重い。
…だけど、行かなきゃ。
もう一歩。
そして、もう一歩。
一歩踏み出すたびに、先ほどの映像が脳をめぐる。
北条楓が、死ぬ映像が。
ああ、辛い。
忘れたい。
___だから私は歩いているのか。
「これが……最善策だから…」
…そうすれば、みんな幸せになれるから。
そう___私さえ、いなければ。
それで……いいはず。
…そのはず、なのに。
「この先……何もないっすよ」
「な……」
病院へと続く階段の上で、静かに笑っていたのは___
「こんばんは、先輩」
シオンくんだった。
「な……んで、ここに………」
目を見開いた私に、彼は小さく笑う。
彼は、身を預けていた手すりから離れて、埃を叩いた。
「ただ風磨を探しにきただけっすよぉ。
……あのあと、飛び出して行っちゃったっすからね。
こっちには居なかったっすよ、残念ながら」
彼の言葉は明るい。
だけれど……どこか、そのどこかに、私は恐怖を感じていた。
私はそっと一つ下の段に、足を退く。
「先輩は?」
彼は階段をゆっくりと下る。
「先輩は、何しに来たんすか?」
「……散歩」
私はそっと彼に背を向けた。
怖かった___何かを見透かすような、その青い目が。
逃げ出すべきだ。
私は階段を駆け降りようとして___
「悩み事があるんすね」
彼の手が、私の腕を掴んだ。
___彼の夢術は、“
私は、そのことを思い出した。
彼には___私がここに来ることが、分かっていたんだ。
私がここで何を語るかも___
「ねぇ、シオンくん」
___それでも、彼に言葉をかけてしまった。
「例えば___シオンくんがずっと……誰かに、騙されていたとしたら……シオンくんは、どうする?
誰かにずっと傷つけられていたとしたら___」
それでも、彼に尋ねてしまった。
「……」
気まずい沈黙。
私は振り返らないまま、背後で私の腕を掴んでいるシオンくんの言葉を待つ。
「……許さないっすよ」
「っ……」
やっと聞こえた彼の声は___底なしの冷たさを有していた。
刺すような、絶望を。
私はその言葉に、唇を噛む。
ああ、やっぱり私は_____
「……ほら、その反応したっすね」
だがその思考は、シオンくんの声で途切れる。
「……え?」
彼の手から、腕がするりと抜けた。
私は思わず振り返る。
「許さないって言葉に唇を噛むだけ___それだけ、先輩は許されたいって思ってるんすよ」
例え先輩自身が気づいてなくてもね。
そう付け加えた彼は___笑っていた。
「死んじゃったら、許されることも出来ないっすからね。
生きられない訳じゃないんすよ、先輩は。
まだ“許される”ってことを願っていられるほど……生きたいんすよ」
少し寂しげで、諦めたような___そんな表情。
だが、直ぐにパッといつもの笑みが戻った。
「なぁんちゃって!
大丈夫っすよ、先輩なら。
何があっても……どれだけ辛くても」
そっと、彼は階段を登っていく。
「君は、生きれるから」
私の横を通り過ぎて、彼は夜の中に歩みを進めていく。
「……ねぇ、シオンくん」
だから、私はその背に向かって呼びかけた。
「何すか、先輩?」
生きてもいいのかな。
本当は、私はそう訊きたかった。
だけど___彼はきっと、そう訊いた私を許してくれないだろう。
……それなら、代わりに。
振り返った彼に向かって、私は言う。
「また後でね」
それが、私の答えだった。
「……そっすね」
シオンくんは、暗闇の中で笑った。
51話に続く。
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