第50話 許さない、許されたい 前編



「丹生____晶」


「そうです。

それが僕の名前」


僕____桜坂風磨の背後にて、晶くんが答えた。


____そうか。


今まで、彼が自分の夢術を隠していたのも。

ずっと詩ちゃんの白昼夢にかけられていたフリをしていたのも。


全部、真実から詩ちゃんをまもる……そのためだったんだ。


そして____今、僕らの前には「雷」と名乗る夢喰い。


そいつは、挑発するような笑みを浮かべて言った。


「あぁん?

なんのことか知らねぇけどよ。

さっさと死んでくれねぇか?

こっちも早く帰りてぇんだが」



_____夢術:かみなり



バリバリバリバリ_____


激しい音を立てて、中空に光の球が浮かぶ。


いかづちを放つそれは____電気球。


白く光るそれは、僕らの方に向かって真っ直ぐ飛んできた。

夜空を裂きながら、勢いが増していく。


「…っ!」


僕が刀を構えるその一瞬前。


「衛_____!」


夢術:まもる


晶くんの叫び声と共に、目の前に光の壁が出現した。


空間が抉り取られるように、静電気球が激しく歪む。


凄まじい光と音を立てて、それは宙に溶けていった。


……弾かれた、のだ。


「これが、衛………」


僕は目を見開いた。


夢術の持ち主は、肩で荒く息をしている。

玉のような汗が、その額には浮かんでいた。


一回使うだけでも、かなり消耗したのだろう。

上手く扱いきれないが故、必要以上にエネルギーを消費してしまう。


それだけの負担が、彼の身体にはかかっていた。


……だが、一回弾き返しただけでも、効果はあったようだった。


「面倒くせぇなぁ…」


夢喰いが舌を打つ。


「くそ面倒くせぇ。

……もういいわ、俺帰る」


夢喰いがサッと背を向ける。


そして、夜闇の中にふらりと消え行った。


「____だから、さっさと殺っとけよ」


____そう言葉を残して。


逃げた、のか……?


そう頭によぎった____その時だった。


辺りの地面から、木から、空中から_____生えるように、が現れたのは。


青白い____腕のない人形のようなもの。


それはゆらゆらとゆらめいて、時々苦しそうにその身を捩らせている。


うめき声の代わりに聞こえるのは、なにかを弾くかのような音。


「くねくね…?」


それは……いつしか都市伝説として伝え聞いた「くねくね」にどことなく似ていた。


……否、違う。


電気だ。


自然界には、相当な量の静電気が溜められている。


その静電気を操って____戦わせようというのか!!


「晶くん、絶対に……絶対に触れないで!」


“くねくね”が電気ならば、脳波が未だ安定しない晶くんにとっては____天敵。


絶対に……絶対に触れたらいけない。


静電気と言っても、集まれば落雷レベルにもなるのだ。


「は…はい…!」


僕はそう答えた彼を守るように“くねくね”の前に立ち塞がる。


……まずい。

僕はそっと思う。


得意な接近戦はダメだ。

僕の扱う“刃”を伝って感電する。


それに、刃物では電気は切れない。


ならばどうする?


……答えは、単純だ。


電気エネルギーを持つそれに、それ以上のエネルギーをぶつけてかき消すだけ。


“くねくね”の一つが跳躍した。

仲間のくねくねを飛び移るように、不規則に飛ぶ。


おそらく、電圧が下がらないようにくねくね同士で電気を受け渡しているのだろうか。


夢喰いが近くにいないにも関わらず、相当な夢術力だ。


……きっと、夢術同士じゃ勝てない。


「白昼夢:桜___!」


それは、賭けだった。


ジャック戦の時に使えたからと言って、また使える保証はない。


仮に使えたとして、無事に意識を保てるのか?


……だけど、やらなくちゃ。



刀の先から舞い落ちる


大丈夫、このまま行けばいい。


やけに鮮明な睡魔を振り払って、僕は刀を構えた。


その眼の色は____


僕は手に持った刀を指先からほんの少しだけ離す。

感電の危険性を顧みると、くねくねに触れるのは自殺行為だ。


夢術:刃


ほんの少し押し出した刃先は、くねくねに突きささった。


手を離した刃に、力を込める。

淡く光るそれから、蕾が現れた。


丸く膨らんで____


華灯はなあかり


____爆ぜる。


爆風に乱される髪。


爆破と正面衝突したくねくねが、掻き消える。


「晶くん、こっち!」


僕は彼の手を引いた。


向かうのは、遊具の並ぶ方。

その一部の地面が、カラフルになっているところがあった。


_____そう、それはゴムが轢かれている場所。


そこならば、電気は通らない。


僕は手中にクナイを出現させる。

逆手持ちにしたそれを、背後に向かって放った。


桜の花びらを撒き散らし、爆ぜる。

抉るように、その隊列を退けた。


どうか……追いつかれる前に、晶くんだけでも。


彼だけでも助けなくては。


くねくね達は凄まじい勢いで、僕らを喰らおうと地を這ってくる。


その先鋭が、背中に迫った。


転げるように、彼をゴムの地面に押し込む。


……そのすぐ上を、いかづちが通り過ぎた。


間に合った。

____だが、まだ終わったわけではない。


僕は膝をついて、刀を握り直す。


地面の境界線を乗り越えられないくねくねは、寄せ集まって揺れていた。

それはやがて____重なり合う。


積み上がって、溶け合って________


________一つの白い塔となって、のしかかってくる。


僕は地面を蹴った。


ゴムの地面に落ちたくねくねが、行き場なく消える。


地面を蹴って____そして、ベンチに飛び乗って、もう一度跳躍。


空中に舞い上がった僕を呑み込もうとするように、塔が上に伸びる。


……幸い、晶くんの方には行っていない。


落下する身体。


僕は刀を天に突き立てた。


その周り、傘のように咲きほこっていくのは剣だ。


___これを撃ったなら、もう体が動かなくなるだろう。


自分の体だ。それくらいは分かっていた。


だから、これで決める。


残花吹雪ざんかふぶき……!」


僕は刀を振り上げた。


花よ、散れ。


吹雪のように_________




剣が廻る。


回ったそれは、桜の花を辺りに散らしながら___塔へと突き刺さっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る